⌘勇者編 18⌘ 名前を呼んで
ミーリアが歌い終わると、しーんとしていた店の中が、どっと溢れるような空気になる。
冒険者達は、こぞってミーリアの歌を褒め始める。
何度見たかしれないその光景を、ミーリアは眩しそうな目で眺める。
店の端にオルディオがいるのが見えた。
つい、ちょこちょこと近付いていってしまう。
どんな話が出来るわけでもないのに。
「こんにちは、勇者さん」
「ああ。今日もきれいな歌姫様」
ちょっと皮肉なその言葉に、ミーリアは、歌姫らしい笑みをこぼす。
けれど、今日はなんだか少しだけ、胸がチクリとした。
もっと、近くに行けないかと思う。
この人の近くに。
「お散歩しない?」
それは、少しだけ衝動的な言葉だった。
けれど、オルディオは、チラリとミーリアの顔を下から覗いただけで、
「いいね」
と言ったのだ。
「今日は、どんなお買い得情報が聞けるんだろうな」
ミーリアはおかしそうに笑う。
オルディオはそんな歌姫の手を恭しく取り意味ありげに立ち上がると、ドニーの店の奥まで、ミーリアをエスコートしていったのだった。
荒野の街オルテガ。
外に出ると、街が夕陽に照らされていた。
色の少ないこの街が、オレンジ色に染まる時間。
ミーリアは、この時間は嫌いじゃない。
オルディオの隣を、ちょこちょこと歩く。
言ってもいいだろうか。言ってみてもいいだろうか。
そんなことを思いながら、ミーリアはオルディオの横顔を眺める。
花どころか、草もまばらにしか生えないこの場所で。
二人は、街の外が眺められるところまで歩いた。
「勇者さん」
「ん」
礼儀も愛想も知らなそうな素朴な返事と共に、オルディオがミーリアを振り向いた。
ミーリアはオルディオの顔を見上げると、気持ちを隠すために少しだけ強く笑った。
「ねえ、あたしの名前、知ってる?」
「え?」
オルディオが聞き返す。
ミーリアは気付いていた。オルディオは、ミーリアの名を呼んだことがない。
いつだって、名前を呼ばずに済ませてしまうか、『歌姫』なんていう言葉で誤魔化されてしまう。
けれど、もう限界だ。
この人と、真っ直ぐに向き合いたくなってしまったから。
「知らないの?おかしいわね。お客様達はみんな名前で呼んでくれるのに。天下の勇者様が守るべき市民の名を知らないなんて」
オルディオが、困ったような顔になる。
困ったように右を向いて、顔を赤らめて左を向いて、そしてまた眉をひそめて右を向いた。
そして、火照った顔のまま、
「ミーリア」
と、その名を呼んだのだ。
ミーリアの心臓が跳ねる。
思った以上の破壊力だった。
「知ってたのね」
なんていう皮肉も、上手く口から出ていってはくれない。
そして今度は、オルディオが眉を上げる番だった。
「そりゃあ、天下の勇者様の名も知らない歌姫とは違うんでね」
ミーリアが面食らう。
キャンプに行ったってどこに行ったって、勇者は勇者だった。
名前を呼べだなんて、言われるとは思わなかったのだ。
だって普通は逆じゃないか。勇者なら、勇者と呼べって言いそうだもの。
今度は少しだけミーリアが困惑する番だった。
けれどすぐに決心する。
歌姫としての表情が壊れる。
けど仕方ない。
「……オルディオ」
オルディオが満足そうに笑う。
だからあたしは思ったの。ずっと、あなたの名前を呼び続ける。
あなたが呼んでいいって言った、その名前を。
今でも、ずっと。
だんだんと近付いてきた二人ですね。




