⌘勇者編 8⌘ ミーリアの家
オルディオが店の前を通りかかると、ミーリアが店の前の樽に寄りかかり、ボンヤリとしていた。
「…………」
まるで女神の彫刻を見るみたいに、オルディオがじっと視線を送る。
ふと、こちらを見たミーリアと目が合った。
不敵な笑み。
けれど、それはどこか不自然だった。
「おい」
引き寄せられるようにミーリアの元まで歩く途中で、ミーリアがドサッとオルディオにもたれかかってくる。
首に掴まられドキリとした。
金色の髪から、この街ではそうそう手に入らないであろうシャンプーの香りがした。
「おいおいおい」
けれど、その力の入らなさから何が起こったのか即座に理解する。
「体調、悪いんじゃないか」
呆れた声を出すと、腕の中から、
「言わないでぇ……」
と力のない声が返ってきた。
仕方なく、ミーリアを抱き上げると、店の裏口へ周り、扉をバン!と開けた。
「ドニー!いるか!?」
厨房で働く5人の視線が、一斉にオルディオへ向いた。
そこへ、ツンと済ました目をした鷲鼻の男が入ってくる。それが、この店のオーナー、ドニーだ。
ドニーは、うるさい鳥を見るときのように顔をしかめ、
「どうしたんだ?」
と眉をひそめた。
聞きながらも、手で後ろのメンバーに合図を出す。
ドニーの連れていた男にミーリアを取られる前に、
「僕が連れて行く」
と宣言し、厨房を出て店の2階へ上がった。
そこは、この店で歌い手として働いている娘達の部屋だった。
一番奥の両開きの扉が、この店の歌姫ミーリアの部屋だ。
室内はそこそこ広い。
けれど、そこにあるものは全てが質素だ。
小さなベッドには、もうすっかり疲れているマットレスが置かれ、その上に、真っ白なくたびれた布団が無造作に置かれている。
すす汚れたモスグリーンの壁紙。
誰かから貰った花束が挿さった花瓶。
流石にワードローブは大きいけれど、きらびやかなドレスが出てくるような見た目ではない。
トサッ。
と、ミーリアをベッドに横にさせる。
じっと眺めていると、ミーリアがゆるゆるとまぶたをあけた。
「あたしったら」
言いながら、ベッドから降りようとするミーリアを、オルディオが制止する。
「ダメだ。もうすぐ消化にいいものを持ってきてくれるから」
そこで初めて、ミーリアはオルディオの方を見て、口を尖らせた。
「じゃあ、ドニーも知ってるのね」
「ああ」
そこでミーリアが一つ、ため息をつく。
「休めないのか?」
「休めるわ。ただ……、ドニーのためにも休みたくなかった」
「ドニーのため?」
ミーリアが、すっかり砂ですすけている窓を眺めた。
「あたし、拾ってもらったの。店の入口に、捨てられてたのよ。赤ん坊の頃」
「へぇ」
オルディオは、短く返事をした。
「拾ってくれたドニーのために、毎日舞台に立たなくちゃ」
そこで、部屋にお粥が運ばれてきて、ミーリアが店に出るのを阻止した。
「勇者であるあなたには、わからないだろうけど」
「僕だって元々は、田舎の剣士だよ。君とそんなに変わらない出だ」
「……そうなの」
「そうだよ」
ミーリアは、仕方なくベッドに収まり、塩味のお粥を少しだけ口にする。
そんなことをしている間に、手が空いたらしいドニーが部屋に入ってきて、
「体調が悪くなる前に言わないと。ほうら、見ろ」
と、心得のようなものを説教に混ぜて腕組みをした。
オルディオはそのドニーの話を聞きながら、なんだか少し面白そうに、ミーリアを眺めたのだった。
ドニーは別に悪い人間ではありません。拾った赤子を育てちゃうような人です。




