✠騎士編 7✠ 一緒に来ないか
その日も、ルーナの付けた鎖が、街の隅に響いた。
井戸のロープを上げるのと一緒に、鎖もジャリジャリと音を立てた。
「ルーナ」
朝だというのに暗いその路地裏で、カイは静かにルーナに声をかけた。
決心が滲む声。
「はい」
ルーナが返事をするのと同時に、ザバァとルーナが持って行くためのバケツへ水を注ぐ。
「話があるんだ」
「話ですか?私、まだもう1回水を汲み上げないといけなくて。待っててもらえますか」
「水だな」
カイは井戸の中で桶に水を満たすと、桶についたロープでスルスルと引っ張り上げた。
ザバァ、と、また水が水を打つ音が聞こえた。
「こっち」
指し示した方には、例の小さな空き地があった。
ドサッ。
カイは、地面に座り込む。
ルーナもそれに倣い、少し離れたところで地面に座り込んだ。
空は晴れているというのに、壁ばかりの小さな空き地なため、地面は少し湿っていて温かくない。
両足に嵌められた鎖の輪が、足に食い込んだ。
ルーナがふと顔をあげると、カイがじっとルーナを見ていた。
とても静かな目だった。もう、何もかもを考えて、考え抜いて、考えた尽くした後の目だ。
ルーナは、その視線を見返した。その瞳の中に、その静かすぎる目の理由が書かれているんじゃないかと思ったからだ。
「ルーナ」
沈黙の末、カイは、小さく切り出した。
「はい」
「一緒に来ないか」
「何処に……」
と言いかけたところでやっと、ルーナはその意味に思い至った。
何かを言おうとして、何も言えないことに気が付き、口を閉じた。
「お前は、奴隷だろう」
そう直球で問われ、
「そうです」
と言うしかなかった。
「逃げたいか?」
逃げたいかどうか、か。
ルーナは記憶にあるかぎり、ずっと奴隷だった。
雇い主はドウタ。人身売買をやっている、表向きは飲食店のオーナーだ。
ルーナも、そのドウタの店で働いていた。
給与はない。ただ、『着るものを支給するから、その分給料はなしだ』と言われた事はあった。
夜は、掃除をしたこともない部屋の片隅で、マットレスのないベッドで、1枚だけある毛布に包まって眠っている。
早朝は井戸に水を汲みに出る。
食事の時間はないので、勝手に口に入れられる時に、キッチンで残った物を口に押し込む。
皿を洗うついでに口を潤す。
それが、ルーナの人生の全てだ。
けれど、ここから逃げ出す事は出来なかった。
両足は鎖で繋がれていた。
このまま逃げようと思ったことはない。
裏の街ばかりを知るルーナには、ここで逃げて生活が良くなる未来が見えなかった。
ルーナの答えは沈黙だった。
逃げたいとも逃げたくないとも、考えた事などないのだから。
「わかった」
そう言うと、カイはゆっくりと立ち上がった。
ルーナがカイを見上げる。
これでお別れなんだと、それを受け入れようと、した。
何かを言いたくなって、口を開いた。
けれど、何と言っていいのかわからなかった。
何を言っても、嘘になってしまいそうだった。
ルーナの瞳の中に、青い空が映った。
その瞬間だった。
「我が身に刻まれし誓約、──抜剣」
カイの抜剣詠唱が聞こえたかと思うと、
バキン!
足を繋げていた鎖を、カイの剣が真っ二つにしたのが見えた。
奴隷からの解放、ですね!




