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赤龍亭と天井桟敷の人々〜第一部〜  作者: now here man
第二章 鬼ごっこ編

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シチューと空席。

トランク一つ。

相棒のクロスボウ。

狩人の七つ道具。

荷造りは完了だ。


空っぽな部屋。

カーテンだけが風で揺れている。


家賃は払えないが、戻ってくる事は家主に伝えている。

また、借金が増えるな。

俺は大きなため息を一つ。

「戻って来れたら、また稼ぐだけさ。」

一人呟き、部屋を後にする。


カティの店に顔を出す前に、シマの墓へ寄る。

シマの小屋の脇にひっそりと建てられている墓。

ススキが、シマのヒゲみたいに揺れている。


夏の日差しが肌を焼く。

気がつけば汗が滲んでいる。


シマの小屋の前で、何かに呼び止められた気がした。

俺は、何気なくシマの小屋へと入る。


質素な部屋。

「俺と変わらないな。」

俺は誰にともなく呟く。


使い込まれた箪笥の上に、数冊の本が置かれている。

その中の一冊を手に取る。

埃を被った本には、掠れた文字。

ページを捲るが、見たこともない文字だ。

その本に何故か惹きつけられる。


後で、カティに見せてみるか。

そう思い、その本を鞄に詰める。


小屋を出る前に、振り返り埃の積もった部屋を見渡す。


しばらくは、顔を出さないかもな。

俺は心の中でシマに別れを告げた。


その足で、カティの店へ。

カティは、店のカウンターで地図を眺めている。

俺が入ってきたことにも気づかない。

「よう。」

俺の声に、カティは驚いて顔をあげる。

「来たか。」


カティが広げている地図を何気なく眺める。

端が擦り切れ、ところどころ文字が掠れている。

長い間使っているのだろう。


俺は、ふと思い出しシマの小屋にあった本を取り出す。

「シマの小屋にあったんだ。見たこともない文字だから読めなくてさ。」

俺が差し出した本をカティは受け取る。

掠れた文字を指で撫でるカティ。

カティの表情が、一瞬だけ曇る。

俺はただその様子を見守る。


「何の本かは分からんが、持ってきたほうが良いと思ったのじゃろ。」

俺は頷く。

「では、持っておけ。そのうち何か分かるじゃろ。」

俺は、渡された本をバッグの底にしまった。


「赤龍亭に寄っていくか。」

カティの言葉に俺は頷く。

カティは、小さな鞄と日傘。

ちょっとそこまで、ぐらいの装いだ。

俺の荷物は少ないと思ったが、俺以上だな、と呆れる。


俺の表情に気が付いたのだろう。

「魔法のテントを覚えておるか?」

カティが口を開く。

「あのずるいやつだろ。」

カティは、ニヤリと笑う。

「あれと同じ仕組みだ。」

鞄を持ち上げて見せるカティ。


赤龍亭には何人かの客がいた。

マスターとルーシーはいつも通り。

「この前はありがとう。」

ルーシーは笑顔でカウンター席を案内する。

「今日は奢りだ。」

マスターは、俺とカティの前にグラスを置き、葡萄酒を注ぐ。


「マスター、ユートピアに行ったことがあるのか?」

マスターは首を振る。

「その前にパーティーを抜けたんだ。」

マスターは、少し遠い目をした。

「いくのか?」

俺は頷く。

「ちゃんと帰ってこいよ。」


しばらくして、俺とカティの前に暖かい湯気を立てるシチューが置かれた。


玉ねぎの甘い匂い。

人参の柔らかな香り。

じっくり炒めた肉の脂。


とろり。

濃厚なシチューがゆっくりと波を打つ。

長時間煮込まれた牛肉は、もう肉というより柔らかな塊だ。

匙で軽く触れただけで、ほろりと崩れる。


じゃがいもは角が丸くなり、スープをたっぷり吸い込んでいる。

一口。

舌に乗せた瞬間、熱い。

だが次の瞬間、玉ねぎの甘みと牛肉の旨味が一気に広がる。

思わず目を閉じる。


カティも、今日はただ黙ってシチューを食べている。


焼き立てのパンをちぎる。

表面は香ばしく、中はふわふわ。

それをシチューへ沈める。

パンが黄金色のスープを吸い込み、重たくなったところを口へ運ぶ。


パンの香りとシチューの旨味が混ざり合い、噛むたびに幸福だけが増えていく。


食べ終わった俺は、誰も座っていない椅子をぼんやりと眺めていた。

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