シチューと空席。
トランク一つ。
相棒のクロスボウ。
狩人の七つ道具。
荷造りは完了だ。
空っぽな部屋。
カーテンだけが風で揺れている。
家賃は払えないが、戻ってくる事は家主に伝えている。
また、借金が増えるな。
俺は大きなため息を一つ。
「戻って来れたら、また稼ぐだけさ。」
一人呟き、部屋を後にする。
カティの店に顔を出す前に、シマの墓へ寄る。
シマの小屋の脇にひっそりと建てられている墓。
ススキが、シマのヒゲみたいに揺れている。
夏の日差しが肌を焼く。
気がつけば汗が滲んでいる。
シマの小屋の前で、何かに呼び止められた気がした。
俺は、何気なくシマの小屋へと入る。
質素な部屋。
「俺と変わらないな。」
俺は誰にともなく呟く。
使い込まれた箪笥の上に、数冊の本が置かれている。
その中の一冊を手に取る。
埃を被った本には、掠れた文字。
ページを捲るが、見たこともない文字だ。
その本に何故か惹きつけられる。
後で、カティに見せてみるか。
そう思い、その本を鞄に詰める。
小屋を出る前に、振り返り埃の積もった部屋を見渡す。
しばらくは、顔を出さないかもな。
俺は心の中でシマに別れを告げた。
その足で、カティの店へ。
カティは、店のカウンターで地図を眺めている。
俺が入ってきたことにも気づかない。
「よう。」
俺の声に、カティは驚いて顔をあげる。
「来たか。」
カティが広げている地図を何気なく眺める。
端が擦り切れ、ところどころ文字が掠れている。
長い間使っているのだろう。
俺は、ふと思い出しシマの小屋にあった本を取り出す。
「シマの小屋にあったんだ。見たこともない文字だから読めなくてさ。」
俺が差し出した本をカティは受け取る。
掠れた文字を指で撫でるカティ。
カティの表情が、一瞬だけ曇る。
俺はただその様子を見守る。
「何の本かは分からんが、持ってきたほうが良いと思ったのじゃろ。」
俺は頷く。
「では、持っておけ。そのうち何か分かるじゃろ。」
俺は、渡された本をバッグの底にしまった。
「赤龍亭に寄っていくか。」
カティの言葉に俺は頷く。
カティは、小さな鞄と日傘。
ちょっとそこまで、ぐらいの装いだ。
俺の荷物は少ないと思ったが、俺以上だな、と呆れる。
俺の表情に気が付いたのだろう。
「魔法のテントを覚えておるか?」
カティが口を開く。
「あのずるいやつだろ。」
カティは、ニヤリと笑う。
「あれと同じ仕組みだ。」
鞄を持ち上げて見せるカティ。
赤龍亭には何人かの客がいた。
マスターとルーシーはいつも通り。
「この前はありがとう。」
ルーシーは笑顔でカウンター席を案内する。
「今日は奢りだ。」
マスターは、俺とカティの前にグラスを置き、葡萄酒を注ぐ。
「マスター、ユートピアに行ったことがあるのか?」
マスターは首を振る。
「その前にパーティーを抜けたんだ。」
マスターは、少し遠い目をした。
「いくのか?」
俺は頷く。
「ちゃんと帰ってこいよ。」
しばらくして、俺とカティの前に暖かい湯気を立てるシチューが置かれた。
玉ねぎの甘い匂い。
人参の柔らかな香り。
じっくり炒めた肉の脂。
とろり。
濃厚なシチューがゆっくりと波を打つ。
長時間煮込まれた牛肉は、もう肉というより柔らかな塊だ。
匙で軽く触れただけで、ほろりと崩れる。
じゃがいもは角が丸くなり、スープをたっぷり吸い込んでいる。
一口。
舌に乗せた瞬間、熱い。
だが次の瞬間、玉ねぎの甘みと牛肉の旨味が一気に広がる。
思わず目を閉じる。
カティも、今日はただ黙ってシチューを食べている。
焼き立てのパンをちぎる。
表面は香ばしく、中はふわふわ。
それをシチューへ沈める。
パンが黄金色のスープを吸い込み、重たくなったところを口へ運ぶ。
パンの香りとシチューの旨味が混ざり合い、噛むたびに幸福だけが増えていく。
食べ終わった俺は、誰も座っていない椅子をぼんやりと眺めていた。




