鬼ごっこ始めます。
「飯は最高に美味かった。」
患者の男の第一声。
「だが、食べた後しばらくして悪寒がした。そして、気がついたらここさ。」
肩をすくめる男。
なんとか食中毒の男を見つけ出した俺とカティは、病室で話を聞いている。
開け放たれた窓からは、絡みつくような生ぬるい風が入ってくる。
「済まないが、窓を閉めてくれないか。」
男の言葉に俺は腰を上げる。
「このままじゃ効率が悪い。」
首を傾げるカティ。
「効率が悪い?」
男は頷く。
「布団や家具が湿気を吸ってしまうだろ。寿命を縮めてしまう。」
俺は、心に何かが引っ掛かりながら窓を閉める。
カティは天井を見上げながら話を続ける。
「他には何かないのか?」
「…強いて言えば。」
男はカティを見つめて続ける。
「無駄なものが削ぎ落とされた感覚がある。」
…病室に沈黙が流れる。
窓を閉めたはずなのに、俺の体には不快感がまとわりついたままだ。
その後いくつか質問したが、何も得るものはなかった。
妙な違和感が引っかかったまま、俺達は言葉少なく赤龍亭に向かう。
準備中の看板が下がったままのドアを開け、店内へ。
ランプの灯りが、閑散とした店内を照らす。
マスターに声をかけ、厨房を見せてもらう。
「あの日以来、何も触ってない。」
マスターの言葉に頷き、厨房へ入る。
調理器具や調味料が整然と並べられている。
マスターはああ見えて意外と几帳面らしい。
なんの変哲もない、厨房だ。
隅から隅まで見て回る。
俺はふと目を止める。
微かな、違和感。
「この調味料はなんだ?」
紫の小瓶を指差す。
「卸屋の新商品だそうだ。まだほとんど使ってない。」
マスターは腕を組み、記憶を辿るように目を細める。
「…確か、あの時の料理にも使ったな。」
カティが小瓶を手に取る。
「微かな魔力を感じるな…。」
カティは首を傾げる。
「ヨシュアの魔力じゃ。」
マスターから小瓶を預かり、俺達は赤龍亭を後にする。
夕焼けに包まれた歩道に二人の影が伸びる。
「この件にヨシュアが絡んでいるのか?」
俺の問いにカティは考え込む。
「…かもしれんな。」
カティは呟くように言った。
俺達は、ヨシュアが住んでいた部屋へと向かう。
あの日以来戻っていないと家主から聞いた。
カティが話すと、家主は快く部屋の鍵を貸してくれた。
どうやら家賃はカティがまとめて支払ってくれているらしい。
軋むドアを開け、部屋に入る。
時が止まったような感覚。
部屋の中には、人が住んでいた痕跡は感じられない。
備え付けの家具、カーテンのない窓。
ランプの灯りに微かに埃が舞う。
備え付けの小さな机に微かな違和感を感じる。
俺はそっと手で触れてみた。
机が微かな振動と光を放ち始める。
思わず手を離す。
「慌てるな。」
カティの言葉に平静を装う。
ぼんやりとした光に包まれて、机の表面に滲むように文字が浮かび上がる。
「待っていたよ。鬼ごっこをしよう。」
その文字をカティはそっと指でなぞった。




