ペトリコール。
体に纏わりつく湿度が鬱陶しい。
肌にシャツが張り付く感覚が不快だ。
空には淀んだ雲。
今にも泣き出しそうな空だ。
修行を終えた俺とシマは赤龍亭を目指す。
足取りは重い。
何故かは、わかっている。
ここ数日、修行の合間にヨシュアの行方を探しているがめぼしい情報はない。
軋むドアを開けて赤龍亭の店内へ。
…静かすぎる。
ランプの灯りがぼんやりと照らす。
閑散とした店内。
マスターとルーシーが並んでカウンター席に座っている。…奇妙な雰囲気を感じる。
「どうしたんだ?」
俺はマスターに声をかける。
マスターは手元のグラスをじっと見つめている。
「まずいことになっちゃった。」
ルーシーが呟く。
「どうされたんですかな。」
シマの問いにマスターが重い口を開ける。
「ウチで飯を食った客が食中毒になったんだ。」
…沈黙が俺たちを包む。
「このままだと営業許可を取り消されちまう。」
マスターが吐き出すように言う。
いつのまにか雨が降り始めたのだろう。
雨の匂いを嗅いだ気がした。
「ウチは新鮮な食材しか使ってないし、衛生面も気を遣ってる。…食中毒なんてあり得ないんだ。」
俺とシマもカウンター席に座る。
「食中毒になったって奴も、初めて来た奴なんだ。」
マスターは苦々しく、呟いた。
「…裏に何かがあると。」
シマの言葉にマスターは頷く。
「ちょっと調べてみるよ。」
俺は席を立つ。
「…すまん。」
マスターの言葉を背に、俺達は赤龍亭を後にした。
外は降り始めの小雨。
地面から立ち上る、雨の振り始めの匂いに包まれる。
カティの店に顔を出す。
「どうしたんじゃ。ずぶ濡れではないか。」
俺とシマは、徐々に強さを増す雨に濡れてしまった。
「風邪引くぞ。」
カティが渡してくれたタオルで濡れた体を拭く。
思っていたより、体が冷えていたようだ。
「赤龍亭の話、聞いているか?」
俺の問いにカティは頷く。
「あからさまに怪しい話じゃな。」
俺は頷く。
カティが入れてくれた紅茶のモルティな香りが、店内を包む。
シマが口を開く。
「この前のサンドイッチは美味かったね。」
「ああ、いつも飯が美味い。」
「だからこそ…。」
カティは紅茶を一口飲み、続ける。
「狙われる。」
カティの言葉が宙を漂う。
紅茶の暖かさが体に染みる。
俺は頷く。
「いつでも美味い飯を食いたいよな。」
「そうじゃな。」
カティは紅茶のカップを見つめている。
答えを探すように。
…雨が激しく屋根を叩き始めていた。




