尋問③
足音に気づいたのか歌声が止んだ。奇妙な沈黙が満ちる。アレクシアが頷くと、牢番は小さな鉄板を横にずらした。鉄格子ごしに二人は対面した。国に反逆した反乱の先導者であり神官であった男。自分を虐げた者たちを残らず潰して女王になった女。
(日本人じゃない)
と思う。騎士の一人が女王の意図を汲んで前に出た。
「尊き方のご下問である。隠し立てせずありのままに答えよ、反逆者」
くすくすと彼は笑った。笑い声は次第に大きくなり、鉄格子と騎士の肩越しにアレクシアを見つけると歩み寄ってくる。
「止まれ! よいと言われるまで近づくな!」
「ねえねえ、あんた転生者?」
ワクワクした声音だった。ルカ・テオンは一心にアレクシアを見つめた。声と裏腹にひどく真剣なまなざしである。
「チート能力者なんだろ? 未来が見える女王って言うもんな。で、俺がとばっちり系転生者だったってこと? うわあ。うわあ。ずるいじゃん。えこひーき」
と唇を尖らせる。鉄格子を掴む手は綺麗である。とても労働に馴染んだものとは思われない。
「ねえ、ちょっとー! 話そうよ。転生者同士でさ。前の世界じゃ王様なんていなかったじゃん。自分が女王になった瞬間アタクシ女王だからお前は牢屋でアタクシこっちよはずるいだろ。ねえ!」
格子を揺らそうとする手、微動だにしない鉄の柵。騎士が困惑して振り返った。
「陛下、これは気狂いでございます。危のうございます」
「……いいえ」
アレクシアは言った。ため息交じりの低い声で。
「皆、お下がり。私と彼だけにして」
「ですが」
「二度目は言いません。早くなさい」
近衛騎士たちはしぶしぶさがった。その前に牢番は廊下の果てで慎ましく鍵を掲げている。必要とあれば彼らは駆けつけてくれるだろうし、何よりアレクシアと彼の間には分厚い鉄の扉があった。
「へへっ、そーこなくちゃな」
と明るく笑うルカ・テオンは、取り立てていうところのない容姿をしていた。鳶色のボサボサの頭、黒い目の色も形も、なんということはない。薄暗い松明の光の下で見てもなんの感慨ももたらさず、あの反乱の扇動をしたと知らなければ単なる盗人か何かにしか見えない。唯一、肌が白いのとそこに散るそばかすが特徴だろうか。
普通の目、普通の鼻、普通の顎、普通の顔つき……。彼はぺらぺらと喋り始めた。
「前の世界でも俺は底辺だったよ。貧乏で、学もなくて。こっちに来ても同じだった。違うのは魔法があったことくらいで。神官見習いになれたのは運がよかっただけだ。でもあんたは違うだろ? あんた恵まれてたんだよ。大商人の父親がいて金に困ったことなくて、頭がよくて、顔がよくて。俺は何もなかった。前の世界でも、この世界でもな。でもこれからは違う」
そして大きく破顔する。
何も分からないからこそ幸福でいられる、平民の愛された子供たちと同じ笑顔だった。
「これからはさ、転生者同士仲よくしようよ。ちょっと大事になっちゃって、それは悪かったけど。でもこれってさ、俺に才能があるってことだもんな! あんたの部下になったげる。あんたのために働いてやるよ。そしたら俺にもあんたみたいなチート能力が発生するかもしれないし。――で? あんたのチートって何? マジで未来視? それとも、人の心とか操れんの? でないとおかしいもんな、普通はこんな普通に女王にとかなれないもん」
「いいえ」
アレクシアはそれだけを言った。すでに心は凪いでいた――むしろほっとする。玉座のため、国のため殺さねばならない相手が皆彼のようならいいのに。こんな人相手なら、殺しやすい。
ルカ・テオンはアレクシアに悪意など持っていないだろう。少なくとも今は。だが媚びへつらいの裏には驚くほどの妬みと恨みが隠れている。アレクシアは彼個人に対し何もしていないのに、ただ彼はそれを持っているのだ。
アレクシアが女王になり、自分が神官見習いだという理由で。
「あなたは日本人だったのね?」
「そうだよ。前の世界のことはもうあんまり覚えてなくてさ、母親の顔とか、好きだった食べ物とか。でも悔しかった気持ちだけずっと残ってるんだよね。こっちに生まれ直してからもずっとそれだけ持ってる感じ」
「悔しい、とは?」
「それがさあ! 俺さあ、前の世界で臓器売られて死んじゃったんだよね。自分でもアホだと思う。でもこっちに来たら来たで神官見習いで、また底辺じゃんって。笑えるっしょ? 転生したらチートもらえると思ってたんだよね。なろう系散々見てたから。でも魔力ゼロで農家の子で、あれ? って。チートスキルとか来なかったし。おまけに口減らしで神殿に売られるし。あんた恵まれてていいね。ジョオーサマだもんね。俺は牢屋にいるけどね」
と顔を歪め、取り繕うようにまた笑った。けらけらと。ぎゅっと鉄格子を握る手は鉄錆に染まり、かすかに震えていた。――頭の悪い男だ、とアレクシアは思う。冷めてしまった。興ざめだ。治世の最初に起こった反乱の裏にいた男、よほど大物かと思ったのに。
「な? もうわかったろ。出して。そんで一緒に大陸制覇とか、しよ! あっ、ていうかさあ!」
彼は一呼吸置いた。人の興味を引き付ける方法を本能で知っている者のやり口だった。アレクシアのように後天的なものではなく。
「俺が王様になってやるよ。どうせ女なんか言うこと聞いてもらえないだろ? でも俺は男だから。そのうちチートも手に入ると思うし。あっ、ハーレムにも入っていいよ。正妻にしてあげようか?」
アレクシアはふっと笑った。それをどう受け止めたのか、ルカ・テオンは身を乗り出し期待に満ちて喉を鳴らした。きらきらと輝く黒い目に、アレクシアの突き出した人差し指の爪が突き刺さる。
「ギャアッ!!」
「女王にタメ口効いた罰よ」
と、分かるような言葉遣いをしてやった。テオンの悲鳴はカン高く長く、少女のそれのようである。
泡食った様子で近衛騎士たちが走り込んできたときには、無傷のアレクシアはすでに廊下を歩き出していた。泣きわめくテオンのいる牢を後にして。




