尋問④
「情報は抑えてあるわね?」
と、扉の後ろで中腰のまま固まる牢番に問う。
「へ、へえ。ちょっと脅かしたらぺらぺら喋りましたんで――」
「ではすぐに処刑を。引き立てなさい」
「民への布告はいかがいたしますか、女王陛下」
「構いません。あとでどうとでも言えます。すぐに」
「はっ」
そして、そういうことになった。本当に、すぐに。
囚人の塔の一階はごく狭い。出入り口を入ってすぐに地下へ続く階段、および上層階へ続く螺旋階段があり、働く者たちのための控えの部屋へ続く粗末な扉がある。そして、奥へ続く暗い通路。風の音と囚人たちの泣き声や呻き声が響く中を、アレクシアは騎士たちを従え進む。
牢番が控えの部屋へ駆けこみ、何かを叫んだ。彼ら王国の闇の中で働く者たちに共通する隠語だった。この塔にはさまざまな者たちが人目につかないよう隠れ潜んでいる。ひとたび街へ出れば人々は彼らを忌避するだろう。だがこの暗闇の王は彼らだった。アレクシアといえど、その領域を侵害することはできない。
準備が整うまでは瞬きの間。暗く漆黒に塗り潰されたような通路に火が灯され、アレクシアは奥へ案内された。そこにあったのは取り立てて言うこともない部屋で、しいて言えば絨毯など装飾的なものが一切なく、丸く凹んだ木の台があるのが特徴だった。
アレクシアと騎士たちは部屋の中央に佇み、そして拷問吏たちに両脇を抱えられて彼はやってきた。あれほどの大騒動をリュイスに巻き起こした張本人とは思えないほど、ルカ・テオンは委縮して怯えきって見えた。
「ねえねえねえねえ、ウソでしょそんなことないよねえ!?」
と、つい先ほどまで歌っていたとも思えぬ様子である。片目からはだくだくと涙が流れ続け、汗にまみれた頭と顔は真っ白く見えた。アレクシアを見つけ、怒るべきか哀願すべきか、彼は瞬時に判断した。
「ねえ! ねえ、ごめんよ怒ってるんでしょ!? 怒っちゃったんだよね、ごめんって謝るから! ね、そうだ日本の話! 日本の話しようよもう日本語忘れちゃったよねの話とか。そしたら俺めっちゃ語れるからさあ、俺俺俺――むぐぅっ」
アレクシアが命じる前に、下働きの男の一人が囚人に猿轡を噛ませた。続けてやってきたのは神官だった。どこの所属でどの神を祀っているのかはこの場合関係はなく、ただこれから死ぬ人間を許してやるために来たのだ。
「あー、いとも尊き始祖王の導きのままにぃー……」
と唱える声は酒臭い。
アレクシアはその喜劇のような一幕を見つめた。これから彼女の命令で死ぬ若者の、猿轡に阻まれて尚尽きせぬ恐怖の波を全身で受け止めた。
女王は殺さなければならない者を殺し、生かすべき者を生かす。その選択と結果から目を離さず受け入れるのだ。それができなくて、うじうじと悩む権利などアレクシアにはない。
彼女はぎゅっと拳を握る。ルカ・テオンを、あるいは彼の中にある前世の人格とやらを憎む気持ちは毛頭ない。確かに侮辱されたことに怒りは沸いたが、それは殺すほどではない。
これは決して私怨からの行動ではなく、ただ、反逆の首謀者を生かしておけるわけがないから実行するのだ。何より前世のことを言いふらすような愚かさを許しておけない。アレクシアは父母にさえ前世の話をしたことがなかった。日本の記憶は何か硬質で熱を持った、ひどく懐かしい曖昧模糊としたコインのようなものだった。大事に大事に、しまっておいて、たまに取り出して眺めるたぐいのもの。
テオンにはそんな分別さえない。この男は自らのあまりの愚かさのために今、死ぬ。アレクシアはそれを肯定する。
アレクシアが命じる憎んでいない相手の死を望む。これから先も、たとえフィリクス・ルミオンに対してだって死ぬことを望むだろう。父フュルスト卿の死さえ、それがリュイスのためであれば望もう。――そういうものに、なろう。王国を動かす機関の一部に。
そう決めた。
処刑人がよく研いだ斧を持って現れ、男たちが木製の台の上にテオンの首を固定した。
「むぐ――!」
恐怖のあまり白目を剥いて失神した囚人へ、神官がよろめきつつ言う。
「あー、ヒック、最期の言葉、家族へ遺す言葉があれば言うように。儂が届けてやろうからな。神々の名にかけて! ック」
誰も聞いていない、そのしゃっくりが合図となった。
鮮血と首が舞う。アレクシアはそれを見つめた。同胞であった男、もしもすべてが今と異なれば親友にさえなれたかもしれない男の死があった。その死は実父のものとも異母弟のものとも変わりなく、平等な死だった。かつてアレクシアが借金を追求しすぎた末に破滅した者たちもまた、見えていないところでこうして死んでいたのかもしれないことを思い起こさせた。
「そう、人が死ぬのは平等だ。みんな死ぬべきときに死ねると限らない」
「誰ッ!?」
叫んで飛びのく、のこうとして身体が動かない。騎士たちは、と見るも彼らも動かなかった――違う、人が動かないんじゃない。
「時間を止めたんだ。みんな気づいていないよ」
「……なんですって」
アレクシアは警戒しきった虎が毛を逆立てるように男を睨み上げた。彼はなんということもない、中肉中背の東洋人だった。ここまできたらどこの人で、今喋った言語が何かももうわかっていた。大陸公用語でもリュイス方言でもない。
「日本語を喋る、日本人なのね」
「うん。佐藤実と言います。はじめまして、滝本由香さん」
差し出された手を彼女は握った。
それは温かく、死人のものとは思えなかった。




