宮廷変革②
元侯爵夫人テオドラ・モーフォールがもたらした情報は細微に渡った。どうやらルカ・テオンはこの人のよい老婦人をさんざん侮ったと見え、地形のうち隠れやすい場所やら同士だけが住む秘密の村の存在までも話していた。――あるいは、話をさせられたのかもしれない。
(侮れないご婦人ねえ)
とアレクシアは思う。彼女の拘束の噂が流れただけであれほどの人数が集まったように、社交界において求心力はそのまま戦闘力だ。前王の取り巻きとして派閥争いをうまくあしらい、アレクシアの時代になってもなお権勢を保ったままの家であるからには、一筋縄ではいかない。
戦場と都アリネスを盛んに行き来する伝令兵の一人に情報を託し、先導者テオンが捕らえられたという一報が入ったのはそのすぐあとのことだった。
決死隊として編成された少数精鋭が叛徒の本陣に侵入し、首謀者たちの身柄を拘束した、というのだ。
「それは誰?」
と、アレクシアはわかっていながら聞いた。アーモンドの木の下だった。花はすでに散っていた。お菓子の香りも消えていたが、まだ何か残り香のようなものが生ぬるい風に残留する気がしていた。
木陰の元、蹲りながらミリエルは告げた。
「フィリクス・ルミオン率いる一隊です。獅子奮迅の働きであったとか」
「そう」
アレクシアは目を閉じる。ぴかぴか光る星を飲み込んだみたいにお腹の奥が燃えていた。
「死傷者は」
「二名が戦死しました。ルミオン卿は無事のようです」
「都へ凱旋するよう指令を出さないとね。ああでも、その前に先導者や主立った者たちを連れてくる手筈を整えなきゃ。大変、大変」
我ながらうわごとのような熱意こもった台詞である。アレクシアにとってフィリクスはいつの間にかそれほど大きな存在になっていたらしい、彼の生存とお手柄がこんなに嬉しいだなんて。
ミレタ地方の主立った都市と村はほとんどが貴族連合軍に占領されていた。テオン率いる叛徒たちは略奪の罪によってすでに現地で死刑宣告が出されており、見つけ次第兵も騎士も農民も襲ってくるありさまだったから、街道を外れ森や山や野原に潜み、ちょこまかと襲撃を加えては退く、という戦法をとっていたらしい。その小高い山の中に本陣があることを知ったフィリクスは、自ら計画を立て実行したそうだ。
アレクシアは深呼吸する。すう、はあ。焦るな焦るな、喜ぶな。私は女王だ、冷静に。
そうしてミリエルに笑いかけた。いつもの無表情にほのかな口角の上がりを足した貴婦人然とした微笑ではなくて、本物の笑いが漏れていた。
「叛徒のその後に関わることなら何でも情報収集して、まとまり次第報告に来て。正式な報告が上がり次第その後の指示も与えます」
「かしこまりまして」
翌々日には軍隊から正式に報告がやってきた。フィリクスの手柄はやや矮小化されて、何人かの貴族の提案を彼が受けた形に修正されていた。人間の集団とはそういうものである。
フィリクスが女王の騎士でなければ、おそらく手柄そのものが横取りされていたに違いない。最低限の名誉が彼にあってよかった。
アレクシアは枢密院を招集し、叛徒の残党討伐およびテオンの移送を命じた。――檻に入れ、自殺できないよう猿轡を噛ませ、街道を引き回しながら連れてくるように、と。
残酷なと思ったかもしれなくとも声に出す者はいなかった。たとえルカ・テオンが年端もいかぬ少年であってもアレクシアはそうしただろう。国家の威信を傷つけた反乱を許してはならなかった。
細かな日程や財源の調整があった。いくつかの書類にアレクシアはサインし、押印し、決定がなされた。枢密院は今日は静かだった。ヤジを飛ばしてやろうだとか、これを機に政敵の揚げ足を取って恥をかかせてやろうだとか、そういった悪意が表面化しない空気である。やはり勝利というものは人の心に影響を与えるものなのだ。たとえただの農民反乱であっても。さて、浮ついた雰囲気が功を奏したのか、アレクシアにとって今日の目玉である取り決めが裁可を通った。
「陛下、こちらの約定についてお伺いしても?」
と言うのはいつもなら財務卿についている小柄な政務官だが、老獪な上役がいないこともあって上機嫌だった。アレクシアも彼に合わせてにこにこと説明した。
「今まで書類や手紙を溜めていた部屋を改築することにしましたの。その間、紙のものは枢密院を通さず私へ直に持ってくることとしました。しばらくの間だけですわ。古い部屋のだめになっているところが直ったら従来の形に戻します」
はあ、ほう、ふうん。という反応があった。
やれやれ若い娘は部屋の見てくればかりに気を取られて。と言いたいが今日は見逃してやろう。
「何か知りたいことがおありなら、私の執務室へ直接いらしてね」
と続けると、とくに反論が上がることもなく話は流れる。
最後に、アレクシアは立ち上がっていった。
「それから財務卿は病篤く、未だ私のところへ謝罪に出向くことさえできないご様子です。このまま責任ある役目をまっとうするのは辛いでしょう。よって彼を解任し、新たな財務卿にブレインフィールド伯爵を任命します。また、元秘書官のサーシェル卿は引き続き秘書の役を務めます。以上です」
反対のどよめきが部屋を多い、女王が立ち去ろうとすると引きとどめる声が相次いだ。
「お待ち下さい、あまりに性急な」
「財務卿がお仕えできなかったのは、陛下がお命じになった退席のご命令を解かなかったからではありませんか――」
「彼がいなくなれば緩衝役がいなくなります。腐敗が進行しますぞ」
「議会の長を枢密院に入れるとは、権力が集中しすぎます」
「よほど伯爵のことがお気に召したかと存じますがそれは!」
「陛下はブレインフィールド家から婿を取るおつもりか?」
最後の質問にだけ、アレクシアは扉のところで振り向いて答える。
「いいえ、私の結婚など国家の危機に比べれば些細なことですもの。今のところは何も考えていなくてよ。ただ……そうねえ、となると、枢密院はあまり開催されなくなってくるかもしれないわね。書類に目を通してくださる必要はなくなるし、議会の方々でも執務について尋ねれば応えてくださいますもの。私としてもその方が楽」
あっ、と面々に理解の色が広がった。
結局のところ女王は、もはや大臣たちの意見を聞くつもりがないのだった。自分と子飼いの者たちだけで重要な情報を独占し、あとは命令を下すだけになると言っている。あるいは、近々組織の大編成をして重要なポストをその子飼いにばらまくつもりかもしれない。
「陛下!」
「お考え直しを、陛下」
と、取りすがった者たちは、若き女王に心酔する近衛騎士たちによって阻まれた。廊下にずらりと並ぶ衛兵たちもまた、手にした槍が必要であれば容赦なく使うだろう。
老獪なる大臣たちには考えも及ばなかったのだ。まさか内乱が収まった途端に内部粛正に踏み込む女王がいるなどと。前王は主に貴族の特権と横やりを廃するため王の権利を行使した。それが何十年も続き、無意識に彼らは思い込んでいたのだ。――自分たちはただ仕事をこなしていれば、この安穏とした日々を続けられるのだ、と。
「陛下、枢密院なしで政治が運ぶなどと考えてはおりますまいな!?」
「我が儘も大概になさい、女王陛下!」
「我らの意見をないがしろにするなどと、前王と同じではありませんか!」
投げつけられた言葉をアレクシアは一顧だにしなかった。ゆうゆうと廊下を進み、自分のすべきことに取りかかった。




