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【書籍2巻発売中】どうやら私は悪役のようですね。それで?【第三部完結】  作者: 重田いの
新米女王編

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議長の娘

 待ち人の到着を待つ間、反徒との戦闘は膠着しつつも緩やかになりつつあった。元々生きるの死ぬのに耐性のない農民たちである。正規軍が目の前に陣を張ったのを見れば、それだけで逃げ出す者もいる。行列は最初の頃に比べてずいぶんと短くなったらしい。先導者テオンはそれを見て何を思っているのだろうか。


 ライアンダーから手紙が来た。要約すると、学院に来たなら来たって言ってよ! みんなに俺とカレンナはなんでもないって言ってよ! とのことであった。


 アレクシアとしてはまあ心配半分、薄ら笑い半分といったところである。微笑みながら手紙に目を通し、燃やした。何がどう足を引っ張るかわからない宮廷での生活、家族との温かな文通など望むべくもない。王の私信のための便箋を取り出して返事をしたため、ふと思いついてカレンナを呼び出した。


「さて、そろそろ教えてくれない? あなたのライアンダーの極めて個人的な事情について。本当のところは、いったいどんなやりとりがあってあなたは私の侍女になったのかしら」

 カレンナの頬が真っ赤になる。よく赤くなる娘だ、と思う。まっすぐな黒髪と氷色の目に、その朱色はよく映えた。


「売り言葉に買い言葉、だったのです。その……私の婚約者はいなくなりましたでしょう? それで、私があなたに感謝していることを彼に伝えたのです。よろしく言っておいてね、って。そしたらみんなが、」

 目を伏せてぎくしゃくと俯く姿は愛らしかった。アレクシアより女王の座る円卓に目線を固定して、少女は言う。


「そんなに仲いいなら新しい婚約者に据えれば、などと言い出す人たちがいて……私は、魔法競技で私に勝てないならいやだと口を滑らせたのです」

「なるほどねえ」

 アレクシアは円卓に肘を突いて前髪をかき上げた。なんとなく全部わかった。


「そしたらライのことだからあなたの挑戦を受けてしまって。競技は何をしたの? 箒に乗って速さを競ったのかしら、それとも火の玉を作って的に当てたり、そうね、カエルをどっちが多く長く浮かせられるか比べたんでしょう」

「そんな子供みたいなことしませんわ!」


 カレンナは悲鳴のような声で言う。

「そんな……そんな、魔力に目覚めたばかりの子供みたいなこと」


 ライアンダーが貴重な光の魔力に目覚めたのは魔法学院に入学してからのことである。確か十六歳になる直前だったはずだ。父母どちらの血筋もそれほど魔法に特化したわけではないのに異例のことだった。稀に、そういう【覚醒】をする者が現れる。すると魔法学院はあんぐりと口を開けたカエルのようにその者を飲み込み、一人前の魔法使いにしてしまう。


 カレンナのように幼少期から魔力に目覚めている者は今日日貴重だった。長年にわたり意図的な掛け合わせによって魔力を保ってきた貴族階級でさえ、どんどん魔力保持者がいなくなっていく昨今、魔法使いという種族そのものが絶滅しつつあるのだ。


「私たちがしたのは、その、針の魔力操作です」

「針?」


「磁石を針にくっつけておくと、北を指すようになりますでしょ? それを助けて北の方向へ向かせようとする者と、反対に南を指すよう促す者とで競うのです。水盆に浮かべた木の葉の上に針を乗せて。非常に繊細な魔力操作が要求される対決です。それで私たち、ずっと引き分けで」

 カレンナの顔がぱあっと輝いた。人間が本当に楽しかったときの思い出話をする表情、そのままに。両手をパシンと組み合わせて彼女は語る。


「何度やっても何度やっても、ぜんぜん、勝ても負けもしなくて……気づいたのです。私と彼の魔力量や操作の癖はまるきり同じでした。だから、それ以降、なんとなく……」

「ライのことを気にしてくれるようになったのね?」


 両手で作ったお椀で顔を覆いながら、カレンナは肩を揺らして頷いた。

「ああ、やっと納得がいったわ。あなたが無理矢理あの子を巻き込んで私のところに逃げ込んできた理由が。お父様の派閥の情報まで流そうとしたなんて。――次の婚約相手をあてがわれそうだったのね」

「あんなに、いやな思いをしたのに!」


 少女は地団駄を踏まんばかりに悲痛な抗議をする。さっきまで恥ずかしがっていて、その前まではつんとお高くとまった侍女そのものの言動をしていて、今は内心をさらけ出している。


「あいつが無理矢理婚約者として我が家に入り込もうとしてきて、父も、母も、兄弟も私も! いやでいやでたまらなかったのに、また次をよこそうっていうんですもの。今度はお父様が選んだ人だから大丈夫だよなんて――そういう問題じゃないんです。私はもう、こりごりだって、婚約者なんていやだって言ってるのに聞いてくれなくて!」


 アレクシアはくすくす笑いが止まらなくなった。――もし彼女が父ブレインフィールド伯爵に命じられ女王陣営の内情を探りに来たスパイなら、ものすごく凄腕だ。


 正直、その心配はあった。ブレインフィールド伯爵にだって譲れないものは多々あるのだ。新参者の女王の改革を阻止しようとしておかしくない。そのためにどんな手段を使ったって不思議ではない。


 けれど、どうやら本当に心配はなかったらしい。カレンナはただ激情のままに行動した少女だった。目を見ればわかるし、ライへの思いも本物だ。


 何より、ミリエルの報告に違わないことを語ってくれた。

 ブレインフィールド伯爵の身辺調査はこれにて終了、だ。彼とカレンナは女王の協力者になった。


「婚約者をあなた自身で選びたかったのね……」

「そうです。まさしく、陛下のおっしゃる通りです! 私、私の伴侶なんですから自分で……」


 じわり、氷の目が潤んで色濃くなり、カレンナはごしごし目元をこすった。

「変なことを言っているのはわかっております。貴族の娘なのですもの、父親の選んだ人と結婚するのが当然ですわ。でも、いやなの」

「ええ、わかるわ。家族といえど他人に人生を決められるなんてまっぴらよ」


 ふふふ、とアレクシアは笑った。カレンナはほっとしたような癇癪を恥じ入るような、奇妙な不安と焦りが入り交じった様子で腹の前で手を組む。カーテンの細かなレース模様の影が、彼女ごと絨毯に繊細な模様を描いた。


「カレンナ・ブレインフィールド嬢。あなたは私の侍女である限り、なんぴとからも縁談を強要されることはありません。女王の名の下に保証します」

「アレクシア様……陛下、」

 カレンナは感極まった様子である。


「ただし、」

 とアレクシアは続ける。カレンナの華奢な肩が緊張する。

「我と我が身を賭してあなたは私に仕えなければならないわよ、カレンナ・ブレインフィールド? その覚悟はあって?」


 カレンナはひまわりが咲くようににっこりと笑い、深々と頭を下げた。スカートの裾を腰の高さまで持ち上げる最敬礼である。アレクシアは笑いながら立ち上がると、少女を優しく抱擁した。大きく開いたスカートのさやさやこすれる音。上気したカレンナの小さな愛らしい顔。


 ――これで、娘をこの上なく大切に思う父親ごと、議会派閥にひとつの杭を打つことができた。

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