尋問
そのようにして召喚された老婦人は、小さく縮んだ老いた女性だった。とても大それたことができそうにない。尋問室ではなく宮廷で一番小さな応接室で、諮問官ではなくその上司の貴族出身の政務官立ち合いの元、彼女は息子と再会した。
「せがれや」
「お母さん、なんてことを……」
と、一通りのやり取りがすむのを待ってアレクシアは入室した。母子は同じ仕草で礼を取った。
「ああ、そのままで。さてと。聞きたいことがあるの。もうお判りでしょうけれど……」
テオドラ・モーフォール元侯爵夫人は這いつくばるような姿勢からじりじりと起き上がる。息子と一緒にソファに腰かけ、皺まみれの手を膝の上で重ねた。
「ええ、承知しております、陛下」
アレクシアは向かいの椅子に腰を下ろす。
「説明してください」
「はい。……先導者テオンと呼ばれている人物には、三年ほど前から何度かお会いしました」
「どこで?」
「慈善集会でございます。あの人は貧しい農民や孤児を助けるための寄付を募っておられました。たいそう熱心なお方でしたから、ご立派だと思っておりましたよ。まだ見習いなのに人を引き付けるお話の仕方がお上手で」
政務官が慌てて記録を取る。モーフォール侯爵が呻きながら母親の背中をさすった。頼むからいらないことは言わないでくれ、という心の声が漏れた仕草だった。
アレクシアは続けた。
「彼に資金を渡したことは?」
「ございます」
モーフォール侯爵の手がぱたりと落ち、顔色が青を通り越して白くなる。だが当の本人は平然としていた。
「何度ほど?」
「さあ……十回か二十回か」
「かなりの額になりますね」
「そうでしょうねえ」
まるきり他人事である。アレクシアは指先で額を押さえた。クリュシュカリア伯爵夫人の言葉が脳裏をよぎる。ぽんぽん寄付してしまう貴婦人。間の悪いことにモーフォール侯爵家は資金繰りに困っておらず、隠居した尼僧院の祖母に送れる仕送りも潤沢であった。
「そのお金が何に使われるか、確認なさらなかったの?」
老婦人はきょとんとした。
「神に仕える方のお話ですもの。いいことに使っておいででしたし。子供たちに文字を教えたり、神々の教えを説いたりなさるんですのよ。気の遠くなるような慈善です」
アレクシアは天井を見上げたくなったが堪えた。
モーフォール侯爵からすればいっそそうしてほしい、その間に消えてしまいたいと思ったことだろう。
「反乱が大きくなりましたのは、あなたの資金も一役買っていると思いますが、いかが?」
と優しくアレクシアが問いかけると、貴婦人はしょぼくれて肩を落とした。
「存じております。はい。わたくしのせいでございます。たくさんの孤児や若者があの一味に加わり、ミレタ地方を出て行きましたわ。申し訳ございません。孫たちに合わせる顔がないですわ……わたくしの愚かさのせいで、家に迷惑をかけました」
「お母さん」
「お黙りなさい」
手を出そうとした息子へ、老婦人は厳しい口調で言う。
「お前は何も悪くありません」
それからアレクシアへ向き直る。
「陛下。わたくしは反乱など考えたこともございません。ですが結果として賊どもを助けてしまいました。裁きは……受けます。ですからどうか、家族の連座ばかりはご寛恕ください」
真摯な物言いだった。大切にされすぎて正直に純真に育ち、騙す側にとっては格好の獲物となってしまった愚かな貴婦人。アレクシアは彼女を笑えない。
「私の政務官に知っている限りのことをお話してください」
老婦人は胸に手を当て拝命した。女王はモーフォール侯爵へ顔を向けた。青い視線に射貫かれたようになった侯爵は、灰色の目でそれを受け止めた。
「モーフォール侯爵家には罰金を申し付けます。またテオドラ・モーフォール夫人には都アリネスからの追放を命じます」
政務官が忙しなく女王の言葉を書き留める。これはのちに正式な書面に纏められる。
「ミレタ地方はじきに我々の軍が取り戻しますから。尼僧院にお戻りになり、穏やかに余生をお送りください」
侯爵はほっと息を吐き出した。穏やかで実直で、取り立てた手柄も悪事もない男である。この裁定に不服があるはずもなかった。
「ありがとうございます、女王陛下」
「ええ。宮廷の貴婦人方がモーフォールのおばあ様を大変心配していますよ」
母子の目が揃って丸くなった。
「三十人ほどが嘆願に来ました。一番熱心だったのはクリュシュカリア伯爵夫人ですが」
「まあまあまあ!」
本気で驚いたらしい、老婦人は両手で口元を覆った。息子は苦笑する。
「私が暴君であったなら逮捕させているところでしたわ。――さて、政務官、あとは任せました」
アレクシアはそう言って立ち上がった。彼女は気づいていなかったが、部屋の中に残された母子は青ざめて抱き合い、廊下に出た女王に供をする護衛騎士もまた、内心穏やかならぬ感情を抱えている。
――前王を押しのけ、議会の承認と民衆の支持を得て即位した女王。下々に慕われ、反徒には容赦ならぬ討伐を命じ、枢密院から古参の大臣を追い出した手腕を持つ若き女王。
そうした立場にいる者が、他者からどう見られているか、アレクシアにはいまだ自覚が薄かったのかもしれない。もう商人の娘ではないということに。商談の折に見下し、ねめつけてくる者たちと同様に臣下を統制しようとしてはならないということに。
戦乱の波がじわじわと押し寄せる中、アレクシアの足元もまた危うかった。
彼女がそのことに気づくのは、もう少しあとのことである。




