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【書籍2巻発売中】どうやら私は悪役のようですね。それで?【第三部完結】  作者: 重田いの
新米女王編

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反乱の続き⑥

 

 魔法学院に忍び入ってから五日が過ぎた。

 ミレタ地方、および東方辺境の状況はよろしくない。ぽつぽつと東から都アリネスに逃げてきた民の報告も聞く。


 反徒たちはさらに数を増やした。ドレフ人傭兵が指揮を執る戦場もあると聞く。反乱は思った以上に長引くかもしれなかった。戦力では貴族連合が上でも、連携が取れなければ烏合の衆でしかない。今日も、手柄を逸って特攻した若い貴族子弟が無意味に死んだ。


(愚かな……)

 そういう報告を聞くとアレクシアは頭の芯がすうっと冷える。死んだ若者は弟たちと同年代だった。くらくらする。胃が痛む。


 ――私が死なせた。


 実父とその家族や前王を貶め、追いやったときは何も思わなかった。彼らはアレクシアの敵だったから。テトラス王国でフュルスト商会の五人が殺されたとき、感じたのは怒りだった。そのときもまた、敵がいた。だが今は……。抵抗できない無辜の民を、私の命令して死に追いやったのだ。


 考えるのはよした。


 だがそのとき彼女は玉座に座っていたので、決して動揺を表に出すわけにはいかなかった。


「そうですか。諸侯の健闘に期待します」

 と言い、次の議題が取り上げられるのを機械的に裁いた。議会で話し合われた立法は王の裁可を得なければ施行できない。枢密院は王の命令なくして議論も発令もできない。リュイスのすべては王を中心に回っている。


 アレクシアは女王である。なりたくてなった。自ら望んでこの立場に就いた。

 斃れることは許されなかった。


 ドレフ帝国からの難民は増え続けていた。反徒に加わった者、東方辺境で職を見つけようとする者、傭兵として身を立てようとする者。まともに働こうとする気概があればいい方で、故郷を離れた辛さに路傍に蹲り死を待つばかりの者たちさえいる。


 テトラス王国で政変があったらしい。討たれたランデリオ公の腹心がグリムヴァル王に反旗を翻した。


 西方沿岸部に魔物が現れた。女の上半身と蛇の下半身を持つスキュラと巨大なウミヘビのシーサーペントだ。遠くからセイレーンの歌声も聞こえたという。流れついた魔物だと思われた。――つまり弔われないままの遺体が複数、海上に放置されているということだ。


 地方の財政官たち、領主たちに難民の救済を命じ、支援金を下賜する。テトラスの外交官から詳細な情報を得る。西大陸へ使者を送り、海上調査船団を組む。これらの仕事をアレクシアは一日で決定した。


 そして、とうとうその報告がやってきた。執務室でミリエルにそれを言われ、アレクシアはほっと肩の力を抜いたものだった。

「よかった。……くれぐれも丁重に扱うよう通達を」


 元侯爵夫人テオドラ・モーフォールが捕まったのだ。先導者テオンに金を流し、騒ぎを拡散させた老婦人。占領された尼僧院の奥深くに隠れていたところをモデロー伯の配下に捕らえられ、捕縛されて都に向かっているという。彼女と反徒との関係を調べなければならない。最速で都アリネスにやってくるという護送車の居場所を聞き、アレクシアは考えこむ。


 そしてミリエルを差し招いた。

「密命よ」

「はい、女王陛下。誰に」

「フュルスト商会時代からの信頼できる護衛騎士がいるの」


 そして女王の命は正しく騎士に託される。王命を受けたモデロー伯はそれを忠実に実行してくれることだろう。なぜならモーフォール夫人がいた尼僧院には、彼の母親もまた入居していたからだ。

 そこはミレタ地方において、年老いた女性たちが家族から離れ最期のときを過ごすための尼僧院だったのだ。サンドル・モデローは優しい祖母にほど近い立場の夫人の名前が出たので動揺したのだった。


 モデロー家は女王の疑いを晴らすためにも、全力でアレクシアの期待に応えなければならない。


 アレクシアの元にクリュシュカリア伯爵夫人が駆け込んできたのは翌日のことである。

「陛下! 陛下、いとも賢く尊き最愛なる女王陛下!」

「まあ、どうなさったの……」

 何か言う暇さえ与えられなかった。


「まあまあ陛下、いったいどうなさったじゃありませんわ。モーフォールのおばあ様を捕まえておしまいになるなんて! あの方にはリュイスの貴婦人の半分がお世話になっておりますことよ。わたくしが社交界に出たばかりのころ、礼儀作法を教えてくださったのもあのお方ですわ。夫を亡くして途方に暮れていたラディエ侯爵夫人を支えたのも、持参金の足りない娘たちにこっそり援助をしていたのも、みなあのお方ですのよ! 反徒に金を渡した? そんなの、ゆすり取られたに決まってます!」


 わあわあわあ。アレクシアが女王でなければ肩をがくがく揺すぶってきそうな権幕である。しかも、内密の話のはずがもうそこまで漏れている。宮廷貴婦人の情報網の広がりには天を仰ぐばかりだ。


「そのことと、反徒との関係の有無は別のお話ではなくて?」

 とかろうじて言ったところ、再び怒涛の反論が始まった。


「もちろんでございますとも! それはみんな知っておりますわ。罪は罪です。ですが、人となりをお考えくださいませ。七十近い老婦人が、今さら王国をひっくり返そうなどと考えます? 階段を上るだけで侍女二人が必要なお年でしてよ」


「落ち着いて。私はモーフォール夫人が反乱の一味だなどと考えてはおりませんよ。彼女は利用されただけ」

「ええ、ええ、それはそうでしょうとも。でもあのおばあ様が企てる陰謀など、せいぜい舞踏会の席順を入れ替える程度ですわ」

 アレクシアは思わず口元を押さえた。


「考えてもご覧なさいませ。反徒どもを扇動しているナントカという……悪者は、神殿の者だったそうじゃありませんか。聖職者から寄付を求められれば、あのおばあ様はいっそ誇らしげに金貨を包みますのよ。『神に仕える者が困っているなら助けねばなりません』と言って。それがあの方なりの世間への慈悲の示し方なの。ずっと前からそうでした。そういうお人なんですのよ」


 伯爵夫人はピイッと息の音を響かせ扇をはためかせる。

「騙されたのでございます! モーフォールのおばあ様は人を疑うことを知らないのです!」


 モーフォール侯爵家が女王への反逆を企てた……なんてことは、アレクシアも信じていない。だが恥と外聞というものがある。げんに、祖母が反乱に金を流したという話が宮廷に流れ出て以来、モーフォール家の人々は姿を現さなくなった。女王の招集があるまで自主的な謹慎状態に自らを置くことで、忠誠心を示しているのだ。


 伯爵夫人は声を潜めた。

「陛下……どうか、あのおばあ様を拷問などなさらないでくださいましね。もちろんもし罪があるなら裁いてくださいませ。ですが、あのお方はもう老いております。脅せば何でも認めてしまうような年齢でございます」


 アレクシアは苦笑して頷いた。

「決してそうしないことを約束しましょう」


 社交界の人間は利害で動くが、クリュシュカリア伯爵夫人の必死さには利害などかけらも見当たらない。モーフォール元侯爵夫人は人に慕われて生きてきたのだ。こんなことになって本当に後悔しているのは本人だろう。


「安心なさい。彼女は参考人というだけですよ。まだ何も決まっておりません。まずは本人の話を聞きます」


 伯爵夫人は大きく息を吐き、へたりこんでしまった。

「まあ……! よかったこと」


 アレクシアは侍女たちを呼んでクリュシュカリア伯爵夫人を介抱させる。それから部屋を出て会議に向かおうとすると、廊下にはずらりと貴婦人たちが居並んでいた。その数三十人ほどである。アレクシアは固まった。老いも若きも、宮廷で名のある貴婦人はほとんど集結している。いないのはとうのモーフォール元侯爵夫人の息子の嫁、イザベラ・モーフォール侯爵夫人とその娘セレスティーヌくらいである。


 どうやら元侯爵夫人テオドラ・モーフォールは、反乱軍よりも厄介な勢力を背後に抱えているらしかった。

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