未来視の魔法使い
クローネ・ウィンスレットの研究棟は木立に囲まれた空き地にぽつねんと佇んでいる。カレンナは扉をノックして叫んだ。
「先生? クローネ・ウィンスレット師! カレンナ・ブレインフィールドです。手紙を読みました。開けてください」
アレクシアはそのか細い背中を眺め、森のような学院の裏庭を眺めた。――魔法学院に入学できたらいいと思ったことはない。魔力があればいいと思ったことはある。そうすれば復讐はより簡単だった。ただ、もしここで青春を過ごすことができたらきっと素敵だったろうと思う。
さくり、と足音が聞こえたのはそのときである。アレクシアは振り返る。カレンナのノックの音に紛れて彼女はすぐそこまで近づいていた。
未来視をする魔法使い、占い師といったら路地裏で怪しい露店を出して、女性客を口車に乗せ怪しげな品物を売りつける類のものしかアレクシアは知らない。そもそも魔法使いたちの中で未来視がまっとうな学問として成立していることも知らなかった。そして彼女の知るどんな魔法使いのイメージとも、クローネ・ウィンスレットはかけ離れていた。
折れそうに細い手足が短いドレスの袖口と裾から伸びる。少女というより痩せた少年のような体型だった。胸もお尻も膨らんでいない。
リュイスの常識から言えば非常識に分類されるほどスカート丈は短く、膝小僧が丸出しだった。
そしてその大きな帽子。顔を隠して余りあるほど、肩幅をとうに追い越して枝をひっかけそうなほど大きなつば。そこから溢れる枯草色のもつれた髪。
アレクシアの知るどんな魔法使いにも似ておらず、他人なのだから当たり前だが、レディ・ミーゼリアンにも似ていない。
彼女がふらふら近づいてくると、カレンナも振り返る。
「先生」
と短く言って頭を下げた。アレクシアもそのようにした。ウィンスレットは帽子を持ち上げた。ふっと微笑んだかと思うと、大きな鍵で研究棟を開ける。
「女王だけ入んな」
「先生、ですが……」
「あたしが信用できないって?」
「いいわ、カレンナ。待っていて」
アレクシアはウィンスレットの手招きのままにそこに入った。心配そうな黒髪の侍女に手を振ってやる余裕すらあった。ぱたんと扉が閉まった。
暗がりに目が慣れてくると、そこは見た目ほど狭くないことがわかる。どうやってか、階段と二階らしき上層階の存在まであった。応接用の家具は何もなく、ただ研究用の机らしい書き物机があり、黒板があった。水晶玉、真珠のネックレス、幾重にも折り重なり蜘蛛の巣じみたレースが壁を覆う。棚の上には猿のものらしい髑髏まである。引き出しからはみ出した魔法陣が描かれた色とりどりの布。漂う香り。
「そろそろ【大氷河】と呼ばれているドラゴンが目覚めて世界を焼き尽くすんだけど、リュイスの王家にその話は伝わってる?」
瘦せぎすの身体を引きずるように机の前のスツールに座って、ウィンスレットは問うた。大きな帽子を外し、まるでお守りのように腹の上に抱える。
アレクシアは瞬きをしながらフードを頭の後ろに垂らす。土色の髪が湿気でべとつく。
「何を言われているかもわかんないか。……そっか。そうだよね。王家直属の魔法使いがいなくなってもう何年? タイラス王でさえ魔法使いを信用していなかった」
ウィンスレットはぺらぺら喋る。見た目ほど舌が重くはないようだった。
「エルルーン王の御世はこうではなかったのに……新女王もそうなんだね」
アレクシアは静かに言った。感情が漏れてしまったことは否めない。
「昔を懐かしみたくて私をお呼びになったの?」
「……違うよ。意味があって呼んだんだよ。そうだよね、ただの学院の魔法使いなんかが呼んだから怒ってるんだね。女王でもそうなんだ。男の王だからあたしの話聞いてくれないのかと思ってたけど、女の王でもそうなんだ。あーあ」
堪忍袋の緒が切れた、とでもいうべきか。アレクシアはつかつかとヒールの音を響かせ痩せた女に詰め寄った。積まれた本の山が一部崩れた。机を叩こうとして、思いとどまった。
(彼女は政治家じゃないわ)
――そんなことしたら、たぶん、おののいて黙りこくってしまうだろう。ウィンスレットはそう思われるほどか細かった。
なので、あくまで音は静かにトン、と机の上に手をついて、ばらばらこぼれる本の雨に押しのけられそうになりながら囁く。虎がぐるぐる喉を鳴らすように。ウィンスレットは大きな目を丸くしてアレクシアを見つめる。
「簡潔に、要点だけを伝えなさい。あなたの感傷や昔語りなどに付き合う暇はないの」
「ひ、ひいいい……」
「あなたがカレンナを通して私を呼んだのよ、よろしくて? その意味がわかる?」
「う、うぎゅ」
ぷるぷると魔法使いは震え、その目に涙が浮かんだ。あれ? アレクシアは戸惑う。これはもしかして……未来視の力を操る老獪な油断ならない敵だと思っていたのに、もしかして。
短めのスカート。細長い手足と全然成長していない胴体。まろい額とこけた頬、大きいばかりの黒い目。彼女は十四歳くらいに見えた。服装が奇妙なのと魔法使いという先入観でわからなかったが。
「あなた、ひょっとして中身は百年間成長していないタイプ?」
「だ、だからなんだよぉっ。上から見下ろしてくるなああ!」
耳がキーンとする声でウィンスレットは叫び、アレクシアを押しやった……押しやろうとして、細腕すぎて果たせなかった。アレクシアもそんな大きな身体をしていないのだが。
呆れた。アレクシアは両手を上げる。同時に納得した。おそらく魔法使いという生き物は、身体より心の方が生きる上で重要なのだ。




