反乱の続き③
ぽつぽつと話がやんでいき、憎しみに光る複数の目がらんらんと女王を見据える。
「神官に率いられた農民どもの鎮圧に、貴族の金を使えと?」
「そもそもこの反乱はあなたの責任でしょう」
「国の予算があるはずです」
「レイヴンクール公爵にお出まし願えばいいのでは?」
いくつかの同意の声が上がる。
「レイヴンクールは先の反乱ですでに血を流しましたし、彼らが出てくれたのは東方辺境のうち領内での反乱だったからです。今回のは少しばかり場所がずれています。レイヴンクールにはドレフ帝国との国境を守る大役があります」
報告書をざっと読んでアレクシアが言う。
「ちゃんと読んでないじゃないですか、陛下」
と声が飛んだ。アレクシアはそちらを睨み付けた。
「今のは誰ですか?」
男たちは笑いさんざめいた。
「リュイス女王を公然と侮辱した、今の声は誰です?」
腕組み、天井を見る、貧乏揺すり、素知らぬふり。
ガキか。
アレクシアは目を離すことはない。順繰りに大臣たちの年老いた顔を見ていく。彼らの実務が国の舵取りそのものなのに、いざ危機に瀕したこの国への対処をどうしてこんな態度で行えるのだろう。
――やがて複数の視線が一人に集まった。にやにやと財務卿は髭を撫でる。
「退室なさい」
とアレクシアは扉を指さす。
「陛下、財務の意見なくしてこれほどの決定がうまくいくはずがないでしょう。お賢い陛下はおわかりかと思っておりましたよ」
「あなたの秘書に代役させます。――サーシェル卿、それでいいですね?」
壁際に控えていた灰色の髪の青年が飛び上がった。秘書らしい凡庸な男である。にきびが散ったお世辞にも綺麗とはいえない容貌で、少し太っている。
「この報告書をまとめたのはあなたですね? 短い時間ながら、要点がまとまっていてわかりやすかったです。どうやら財務卿はお加減がよろしくないご様子。しばしお休みいただくのがよろしいでしょう」
「なん……っ、」
立ち上がった老人へ向かって、アレクシアは手を振った。複数の騎士が足音も荒々しく入室すると、この状況でさえやまなかった低い小声の歓談がやんだ。
まったくもう。アレクシアは頷く。
大臣たちは忘れたかもしれなかったが、騎士や侍女や官僚、下級貴族の多くはアレクシアに傾倒していることが多い。テトラスから在留リュイス人を逃がしたことに始まり、決してよいとは言えない生まれ育ちから成り上がったこと、隣国王女の駆け落ちに手を貸したらしいこと、どうやら前王の失脚と幽閉にも一役活躍しさらには恨み募る実父を自らの手で……という噂まで。
制度と身分という目に見えぬ網に生まれたときから捕らわれもがいている者たちにとってみれば、アレクシアはそこから脱出して玉座をかっ攫った悲喜劇の花形役者だ。無名の放牧場から出てきて騎士の愛馬になった馬だ。路地裏の野良から良家のお嬢様の膝の上に収まった猫だ。憧れと、自己投影と、あとは彼女の知らないなにがしかの感情。
アレクシアは下々のヒロインなのだった。財務卿はそれを忘れていた。
「どうぞお身体お厭いあそばしてね」
何事かを叫ぶ彼の姿にアレクシアは無感情な青い目を向ける。
さて。引きずり出される老人の姿に言葉をなくす面々へ向けて、アレクシアは優しくぽんぽんと手を打った。
「それではサーシェル卿、説明してください。この国で東方へ兵を向ける余力のある貴族の名前と、かかる日数を。レイヴクンクールの力は使えませんからね」
「は、はい」
青年はかすかに震えながら財務卿の席の向こうに立って、凜と説明し始めた。女王は頷きながらそれを聞く。枢密院の中で小さくなっていた者たちの目に光がともり始める。
時代の動く音が聞こえた――とは、言い過ぎかもしれなかった。
翌朝を待たずにアレクシアは王命を発令。東方辺境へリュイス各地から反乱鎮圧のため兵が送られた。
その頃には反乱について情報が集まってきていた。錯綜した情報でも、共通点を何度か対比して明らかな嘘を弾いていくと、真相が見えてくる。商会秘書だった頃も何度かやったことがある方法だ、何度か情報をふるいにかけると、首謀者の人となりもわかった。
「やっぱり神官ね……」
朝の光の中でアレクシアは呻いた。まだ寝台の上である。自分で開いた天蓋のカーテンの向こう、窓ごしの光が手元にぬるい日だまりを作る。昨夜は夜更かしをして会議と手配に奔走したので、早朝の今は逆に眠くない。頭が痛くなるほどの緊張と奇妙な諦観があった。
「神々のしもべたちは商人の娘が気に入らなくて?」
と毒づく。おそらく、中心になって反乱を、アレクシアへの反感を煽る人物がいる。
心当たりはある。タリオン前王。その王子マリウス。妃フィルセナ。そして、フィルセナが王の子であると吹聴して玉座に就けようとしていた孤児の少女――セリナ。
アレクシアは考え込みながら起床の時間を迎え、侍女たちに髪から服から世話してもらい(女王様、まあっ、ひどいクマ!)(お化粧を少し厚くいたしましょうね)(ドレスは白色がよろしいかと。お顔色が映えますわ)(では飾りものは真珠にいたしましょう)……時間がないのでそこそこに省略してもらったが、まあ見られる姿になって執務室へ向かった。
早朝会議である。兵が反乱の土地にたどり着いたか、金は集まったか確認しなければならない。中庭に面した回廊を歩くとき、まだ吐く息が白かった。執務室がある表宮へ向かう道を急ぐと、そこにフィリクスがいた。顔を青黒く腫らしていた。
「フィ……っ」
「しぃっ」
彼は唇に人差し指を立て、茶目っ気たっぷりに固めをつぶる。そんなことしたら痛いだろうに、気にするそぶりもない。
アレクシアは肩を揺らして息を整え、そのまま目的地へ向かった。
(私のしたことの腹いせに、彼を狙うなんて――)
殺してやりたい。
でもだめ、私は女王だ。
女王はあくまで冷静に、慈悲深く、民のため貴族のため、堂々とあらねば。
歩くうちに激情は静まっていった。仮にフィリクスを襲撃した者たちがアレクシアの動揺を誘えると考えていたとするなら、彼女はその意表を突いてやらねばなるまい。だから、女王とその騎士は取り澄ました顔をして執務室へ入室し、居並ぶ枢密院の面々に丁寧に朝の挨拶をしてみせた。何事もなかったかのように。
サーシェル卿だけがまごついて、それはかわいそうだった。
王命さえ出してしまえばあとは玉座に座って待っていればいい、とうわけではない。会議が終わると、次はブレインフィールド伯爵はじめ議会の面々とも協議がある。立法機関としてではなく、貴族としての彼らと兵力および戦況の確認をしなければならなかった。つまりは枢密院と議会の間に対立があるので、同じ話題を二回に分けて話し合わねばならないのだ。
(無駄が多い)
と、彼女でなくても思うことだろう。
執務室を出た瞬間、議会の構成員たちが居並んでいた。アレクシアはわずかに首を傾げた。
「ブレインフィールド伯爵、お出迎えですか。ご苦労です」
「ええ女王陛下、不埒な輩がよからぬことを吹き込んでいやしないかと。爺ゆえの心配性です。平にご容赦ください」
「まあ」
あからさまなあてこすりに枢密院はいきり立つ。舌戦が始まった。互いへの敬意という名の鎧を敵意という名の剣でこすりまくるタイプの戦争だった。誰かが口を開いている間は誰もが傾聴し、続けざまに相手側の誰かがそれをあげつらう。ときには味方の足を引っ張る。口裏を合わせ、目を見かわし合い、特権意識と血統自慢が皮肉になって空中で鍔迫り合う。
アレクシアとしては、よそでやってくれ今やるなが本音である。だがここで彼女が口を挟むと、どちらにも角が立つ。
(こんな……ことをするために即位したのだったかしら、私)
思わず遠い目をしてしまう。
だが仮に彼ら古い血筋の貴族が大量に殺されてるようなことがあれば、国が立ちいかないのも事実なのだった。血統に裏打ちされない新興貴族を補充したところで、その家名の持つ人脈や伝統に基づく求心力は消滅する。
大切なのは家名でも血統でもなく、それらを内包する人間なのだ。
やがて戦争が一息ついたのを見計らない、アレクシアは率先して歩き出した。
「お供します、女王陛下」
「女王陛下ァ! 議会員といえども横暴がすぎますぞ。かような物言いをお許しになりますのか!」
背中を追ってくる枢密院の誰かの声は聞こえないふり。
回廊を並んで歩きながら、ブレインフィールド伯爵は抑えた声で囁いた。
「……財務卿を排除してくださったこと、感謝いたします」
「彼は腐敗のしっぽを出さないと聞いていましたが」
「それだけです。確実に不正をしています。ただ証拠がなかったのです。やはり王命に勝る意力の兵器はありませんな」
「でも私は彼を退席させたことで百人の敵を作りました」
伯爵は静かに頷いた。足音だけが大理石に響いていた。
「我ら一派がお守りします」
「……話し半分に聞いておくわ」
アレクシアはうっすらと笑った。




