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【書籍2巻発売中】どうやら私は悪役のようですね。それで?【第三部完結】  作者: 重田いの
新米女王編

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反乱の続き②

 


 会議室の扉を侍従たちが恭しく開く。ドレフ人の騎士を従えてつかつか入ってきた若き女王を迎える視線は大理石と同じくらい冷たかった。集まっていたのは枢密院と呼ばれる機関に所属する貴族の面々。議会が立法を担い、枢密院が行政を担当するというのがリュイスのあり方だった。


 つまりここにいるのはアレクシアの手足となって働くべき官僚たちの頭だが――だからといって、彼女に忠誠を誓った者たちばかりではなかった。

 改めて、第二の反乱について報告がなされた。室内はどこか弛緩した、夢でも見ているかのように呆けた空気である。


「総力を挙げて叩きます」

 とアレクシアは言った。壁に貼られた反乱軍の進行経路を眺め、いくつかの貴族の名前を挙げる。


「彼らに軍を動かすよう王命を下します。すぐに使者を手配して」

「女王陛下、まずはですな、現状をお互いに把握してから動くべきですよ」


 ゆったりとくつろいだ風情で椅子に腰掛けた老人が言う。財務卿である。禿頭と非対称に胸まで伸ばした髭は、彼が南大陸からの流浪の民の末裔であることを示していた。


「そんなことをしていて、手遅れになったらどうします?」

 アレクシアは虎のように微笑むばかり、大臣のむっとした顔など意にも介さない。


「フィリクス、近衛騎士から早駆けが得意な者を選んで使者に」

 王の椅子に腰掛けざま、アレクシアは白紙の便箋に走り書きで王命を書く。


 侍従の持つ金の箱から玉璽を手に取り、押印する。これでただの紙一枚が正式な書類になった。

「陛下……やれやれ困りましたな」


 財務卿は嘲笑いを浮かべ同輩を振り返った。内務卿と記録係、その他何人かが追随した。

「まずは報奨金や、より名誉高く歴史が長い名家から声をかけるのが筋でございますよ」

「そうですとも。レイヴンクール公爵家の無骨なやり方が陛下にはお好みかもしれませんが――」

「王家のしきたりをお守りください、陛下。そもそも女性がお供の侍女も連れず男のいる部屋の中に踏み込まれるとは」

「左様、いささか蓮っ葉ですな」


 財務卿は王室をはじめとする国内の予算を握っている。本来であれば宰相を兼任し国政の実権を握ることもある立場だ。彼は前王の時代からこの職にあった。王の意のままに予算を通し、ついでに自分も蜜を吸い、ブレインフィールド伯爵による改革をしぶとく生き残って今日に至る。彼を追い落とそうとする動きもあったが、表向きはなんの罪も犯していない老人を追放できるほどの根拠がなかった。


(クズどもめ)

 前王にひっついて甘い汁を啜ったぼんくらども。だがそれでよかったのかもしれない。すげ替えに躊躇しなくていいもの。


 紙片を受け取ったフィリクスが部屋を立ち去る間も、ガヤガヤと大臣たちのさえずりはやまなかった。内容はアレクシアと彼についての下卑た噂話である。聞かせるように話しているのだ。傍流の商人の小娘が、至高の地位に就いたからといってあまりつけあがるなよ、と言うために。


 アレクシアが沈黙を選んだのをいいことに、彼らは互いに喋り続ける。司法や農業など、比較的アレクシアの功績について知る者は口を閉ざしたものの、それ以外は小鳥のように姦しい。


 侍従が部屋に飛び込んできても、老人たちは口を閉じなかった。ひそひそと伝達された内容に女王は頷いた。やがてやってきたのは凛々しい若者だった。モデロー伯の次男、サンドル・モデローである。かなりの距離を馬で走ってきただけあって、疲弊した様子だった。アレクシアは立ち上がり、自ら彼を部屋に迎え入れた。


「ご苦労でした。あなたの報告を待っていました」

「それは、もったいない、ことでございます、陛下」

「誰か水を」

 というとメイドが金の水差しを持ってくる。モデロー伯の息子はカップも使わずそれを一気飲みした。


 アレクシアは席に戻り、若者に微笑む。

「報告をお願いします」

「はい。女王陛下並びに列席の皆様方――」

「挨拶はいいの。報告を」


 失笑が漏れたが、アレクシアが目をやる前に霧散した。彼は話し始めた。

「ご存じの通りミレタ地方は我が父モデローの治める領地のひとつであります……」


 話はこうだった。ミレタ地方には今、とある異端的な教えが流行っている。誰が言い始めたのか、土着の神を崇めると病が治り家の裏庭から金と真珠が湧き――再び東方辺境が活気づく、らしい。ほとんど新興宗教化しているそうだ。


(前王妃の支援金が再び手に入るだろうという希望的観測を、そんな物言いで無知な農民に刷り込むだなんて)


 農民はどこも生活が苦しい。よい話があれば飛びつきたいのだ。

 腹が立つ。よくもそんな世迷言を。子供を焚きつけて親に反抗させる他人みたいなことを。


 そもそもミレタ地方は当然の権利を失ったのではない。前王妃が不当に流し込んでいた横領金が途切れただけだ。それもほとんどが社会の上層で消費された裏金だ。


 アレクシアとしては、モデロー伯かその下にいる誰か、あるいは友人が金を消費したのだろうと予測していた。だがミリエルを始め、フュルスト商会時代の部下たち、宮廷人で確かに信用置けると思える女王派の貴族などに探らせてみても、モデロー伯は実直な人物だと出てくる。息子の様子を見ても、そんな汚い金を受け取らないだろう。


 では、誰かがいるはずだった。――たとえばミレタ地方に隠居した、元大貴族の誰かなどが。


「誰が民を扇動しているかはわかりました。その者は自らを神の子と名乗り、小さな神殿や寺院を中心に信者を集っています。人からはルカ・テオンと呼ばれているそうです」

 アレクシアはピクリと瞼が痙攣するのを感じた。彼は続ける。


「ルカ・テオンは一介の神官見習いでした。それが瞬く間に信奉者を得て力をつけ、農民を指揮するまでになりました。おそらく、誰かが金を出しています。父は配下の者たちにそれを探らせていますが、力及ばず詳細は掴めておりません」


「ミレタの尼僧院」

 アレクシアは低く確信を込めた声で言う。え? とモデロー伯の息子は女王を見つめる。若い頬に汗が乾いてできた塩のかけらがくっついていた。


「尼僧院にいるドルシラ・モーフォール元侯爵夫人を調べてください。アルベール・モーフォール侯爵の母親です。おそらく金の出どころはそこでしょうから」

 貴族たちはざわめき、若者は歯嚙みする表情である。


「何か問題が?」

「……ございません、女王陛下。そのようにいたします」


 サンドル・モデローは深く頭を下げる。アレクシアは多少の引っ掛かりはありつつも流して、彼に退席を促した。侍女たちに手厚く看護してやるよう言いつける。


 ――彼ら反徒が前王や前王妃の身柄を得ることだけは決して許してはならない。そのことは、誰しも頭にあった。大義名分を与えるようなものだからだ。アレクシアの王位は盤石ではない。ストームヴェイル王家一派はまだそこらにうろうろしているし、彼女はその血統ではなく、正統性が弱い。


 さて、と女王は立ち上がる。

「それでは、紳士の皆さん。具体的な話を始めましょう。誰が、何をどれだけ出すのかについてです」


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