反乱の続き
次の反乱は春のたけなわの時期に起きた。
王宮の奥深く、女王が生活する内宮にある中庭がある。散歩するだけで楽しい、多様な植物の園である。その中心に、大きなアーモンドの木があった。根本でアレクシアは花を見ていた。正確には、そのような休憩の形を装ってミリエルの報告を聞いていた。王宮内部のことなら知らぬことはない間諜との接触は、重要な仕事であると同時にどこかゴシップの宝庫を開くような楽しい気持ちにさせられる。
「モデロー伯の使者が都へ急いでおります」
「東方辺境で動きが?」
「はい。第二の反乱です。再び、ミレタ地方が絡んでいるようです」
アレクシアは花を振り仰いだ。白い花だ。どこか桜に似ている。春にこの花を見ると前世を思い出す――公園、桜、風、散る花びら、怒鳴り声。
彼女は意識をこちらへ取り戻した。
「首謀者は?」
「ドルシラ・モーフォール元侯爵夫人です」
「アルベール・モーフォール侯爵の母親ね。隠居したはずだったのに」
「隠居後、かねてよりの念願だったミレタの尼僧院に入居したのですが。そこに、ある種の扇動者が入り込んだ様子です。すっかり感服してしまい、亡き夫の財産の分け前を使い果たす勢いで支援しているのだとか」
アレクシアはか細い溜息をついた。お茶会のときすぐそこの席に座っていた貴婦人を思い出す。イザベラ・モーフォール侯爵夫人。隣に娘のセレスティーヌがいて、母娘は楽しそうに微笑みあっていた。
「その扇動者はどこの誰?」
「申し訳ございません、そこまではまだ」
「早急に調べて」
「はっ」
アレクシアは続けて報告を聞いた。元侯爵夫人からの支援を元に、反乱は膨れ上がりつつある。元々リュイスに叛意を抱いていた者たちが主であるが、どうやらそれ以外の人員も加わりつつあるらしい。気炎を上げて街道を、都アリネスへ向かって歩いているそうだ。昼夜を問わず、飲まず食わず道端の村から施しを受けながら、農具を振りかざし、足を引きずり、互いを支え合いながら。
「反徒の中には浅黒い肌の者たちもいるのだとか」
「ドレフ人……」
とうとうこのときがきたのだ。群雄割拠状態となった大国から、戦乱を逃れ難民がやってくるときが。
「いつか来るとは思ってた。各地の神殿に備蓄を蓄えるよう通達したところだったのよ」
ミリエルは応えない。アレクシアは質問を変える。
「アルベール・モーフォール侯爵と夫人のご家族仲はどうだったかしら」
「ご夫婦仲は良好だそうで。子供は息子が三人、娘が一人です」
てきぱきとミリエルは言った。頭の中の資料を読み上げるような声だった。
「連座はしたくない」
アレクシアはぽつりと言う。
「私はそれに対して何もお答えできない立場です。――しいて言えば、一番上のご子息には近々第一子が生まれる予定です」
女王はアーモンドの花を見ている。さやさやと風に乗って白い花びらが散る。
「そして、ドレフ帝国でも小競り合いが」
「ついにね。どことどこ?」
「総督リピウスとマルティオンです。場所は、シネネの盆地」
リュイスとの国境地帯である。
「では、おじい様たちは動けないわね。いつ国境を突破してくるかわからない」
「そのようであるかと。それでは、知るべきことはお伝えいたしました。御免」
ミリエルが音もなく立ち去ると、アレクシアはアーモンドの木を見上げて考え込んだ。頭の中に飛来するのは国内の勢力図、貴族たちの権力分布、それからアレクシアを憎む人たちの顔である。実父は死んだ、その妾に社会的な力はない。だが前王の権力はあまりに絶大だった。その治世の後半、本人はすでに生きる力をなくした屍のようであったが、ゆえに取り巻きどもの傍若無人は加速した。
――虐げられた者たちの闇が深いほど、いい思いをした者たちが失った光も強い。
アレクシアは彼らから迅速に権力と実入りを取り上げたから、逆恨みに近しくとも恨みを受ける義務がある。
そうとも。玉座に就いたのだ。アレクシアは臣民の人生に責任がある。彼らの思いを受け止める義務がある。
彼女は顔を覆う。アーモンドの花の香りは前世で好きだったお菓子に似ていた。耳にも鼻にも心地よいものしか触れないのに、胸の奥に黒いものがわだかまって消えない。人は王というものに好き勝手な幻想を投影し、理想と少しでもずれればこうして武器を持ち立ち上がる。
前王が潰れたのも当然だ、と思った。
「アレクシア」
軽い足音とともにやってくるフィリクスへ、アレクシアはもしかして途方に暮れた顔でも向けてしまったのだろうか? 彼は立ち上がり、飼い主の機嫌を伺いながら近づいてくる犬じみてゆっくり彼女へ近づいた。
「大臣たちが呼んでいる。辺境で何かが起こったらしい」
「知ってるわ。反乱よ。さっきミリエルが教えてくれた」
「ん」
「え?」
フィリクスは両手を広げたまま仁王立ちである。
「だっこしてやるよ。ホラ、ここなら誰も見てないから」
アレクシアは笑った。それから、彼の分厚い胸を平手で叩いて歩き出した。
「ひどい」
「ごめんあそばせ、アハハ」
笑いが漏れて止まらなかった。アレクシアが靡かせる土色の髪の先を追うフィリクスは楽しんでいた、まったく――困ったことに、彼はそういう人間だった。
建物の中はひんやりして、庭にあった春風の暖かさや香りとは無縁である。大理石の温度は人の体温を奪うほど冷たい。
――望むところだ、と思った。少なくともアレクシアは一人ではない。彼女の敵は多けれど味方も多い。




