お茶会②
「すごい人よね、ブレインフィールド伯爵夫人。何より夫の計画通り国が富んでいくことを望んでいるはずなのに、あの場であんなことを言える胆力。あやかりたいものだわ」
ブレインフィールド家の最終目標は、議会の権限を極限まで強化し女王の決定権を形骸化すること。政治の実権を握ることである。そんなことは誰しも分かっている。議長の座に就いた者は、誰もが目の上のたん瘤である王の存在を見上げずとも知っている。
王には議会の決定を覆す権利がある。歴代の議会派たちはその権利を行使させないためにあらゆる手段と犠牲を払った。王の周囲を同派閥で固めて情報を遮断し、娘を王妃に差し出し……。そのためにたくさんの血と涙が流された。
フィリクスは兜を脱いで窓辺に立った。護衛騎士だけに許された腰の剣が光る。夕暮れに包まれて彼の浅黒い肌は黄金色に輝き、黒い目は物思いに沈んでいた。
「女王にはやはり正統な血筋の夫君が必要とされている」
平坦な口調で言う。
「父君が商人であることをあてこする連中もいるものな。所詮は成り上がりだなどとくだらない世論工作をされるくらいなら、グリムヴァル、あいつは油断ならないが血筋は一級だ。誰も文句を言わない」
「? あなただってドレフ帝国のてっぺんの血筋じゃない」
アレクシアはイヤリングを外してテーブルに放り投げた。さっきから肩が凝って仕方なかった。やれやれ、指輪も全部外してしまおう。
ちょっとむくんでしまった指に悪戦苦闘したあとアレクシアが顔を上げると、フィリクスは笑っていた。声を立てず、口を押えて肩を震わせ、少年のようだった。
「な、なによ」
「いや。うん、そうだな。俺もいい出身だ、そういえば」
「そうでしょう? 何をいまさら」
「うん。うん――あーあ」
彼は両手で髪の毛をかき上げた。黒髪の先が湿気にくるりと丸まっているのが何やらかわいい。
「心配して損した。うん。君が誰とどういう理由で結婚しようが、俺は耐えてみせる。必要なことだとわかってるからな!」
「……それはそれでなんか嫌」
「えええ?」
フィリクスは情けなく眉を下げた。
「暴君」
「まだ違うわよ!」
なんて、シャレにならないシャレを言い合えるのも二人だからこそである。いつの間にか確固たる絆が芽生えている、少なくとも互いの心の中に同じものがあるのを二人とも知っていた。不思議なことだった。不可思議な縁だった。
それでも、嫌ではなかった。まったくもってそうではない。
(私は彼と結婚したいのかしら?)
その夜、寝床に就いたあとになってアレクシアはとっくり考えてみた。答えはなかった。
(普通の家庭の普通の奥さんになれないのは最初から知っていた)
実父とその家族への恨みを晴らすまでは、という覚悟だった。とはいえ、今の彼女は女王である。女王に人並みの幸せは許されない。彼女が結婚する相手は国益のために選ばれた男になるだろう。そいつはおそらく彼女を心から愛さず、愛人を囲う。彼女は笑ってそれを許す。
そしてそいつの子供を産む。
ぞっとして、彼女は寝返りを打つ。母や祖母や、この世のたくさんの女性たちが通ってきた道だ、愛してもいない夫の子を産むというのは。でも、やっぱり耐えがたい。
かつてリュイスにも、そういう現実に耐えきれず心を病んだ王や女王がいた。彼らは愛人を大切にするあまり王妃や王配を深く傷つけたし、子供たちもその傷から逃げられなかった。
彼らが大切にしていたのは愛人という生きた人間ではなく、手に入るかもしれなかった温かな人生なのだろうと思う。普通の家庭、普通の伴侶と子供たち。この地位に就いてようやく、アレクシアは実父の下劣さの裏にあったかもしれないものを知った。同情はしないが。
それはつまり、彼女もまた彼のような人間の屑に成り下がる可能性があるということだ。なんといっても同じ血が流れているのだから。
アレクシアは現状のところ暴君ではない。社交界には真面目に参加し、税制を元の状態に戻し悪質な管財人や徴税官を罷免し、軍人への未払い給与を景気よく支払った。
反面、滞っていた離婚案件をいくつかと子供の血統に関する訴えを一刀両断に退け、賄賂やえこひいきが目に余ると分かりながら有能な領主にはそのまま領地の統治を許し、王宮近衛騎士団の三分の一に暇を出した。
金も時間も無限ではない。無駄なことに使っている余裕はなかった。去るべき者を去らせ、取るべき者を取る。
判断が間違っているかもしれない恐怖は常に付きまとう。女王の判断ミスひとつで、人が死ぬ。それでも決断し、王命を出し続けなければならない。王になりたくてなったのだから。
アレクシアは一晩じゅう寝返りを打ち続けたが、眠気が訪れることはなかった。
翌朝、目を腫らして起き上がった女王は、あの反乱の首謀者であった神官が何も言わぬまま舌を噛み切って死んだのを知った。




