お茶会
「本当に素晴らしいお話でしてよ、女王陛下!」
と、ヘレナマリー・オルガ・クリュシュカリア伯爵夫人は言った。忙しない人だわ、とアレクシアは思った。
「ええ、大変よろしくてよ」
「そうでしょ、そうでしょうとも。さあさ、すぐにでもお返事いたしましょう! 誰か、書記官! これ、誰もいないの?」
夫人は一人で慌てている。議会が終わった翌日の昼下がり。貴婦人たちのお茶会である。女王たる者このくらいの時間のロスは許容範囲内でなければならない。何しろここに居並ぶのは王宮内でもっとも発言力のある、旧王家の最側近であった名家の貴婦人たちなのだから。
薔薇園の最中に小さな(王宮にあるにしては)東屋があり、そこに茶席は設えられていた。大理石のテーブルとベンチの上に広げられたのはごく簡素な、田舎風のお茶会のコースだというが、それでも五種類の砂糖菓子と七種類の焼き菓子、燻製魚と冷肉と卵のセイボリー、三種類の茶葉、ミルクは冷たいのと温かいの、こっくりと黄色いクリームに二種類の砂糖とより取り見取り。
フュルスト商会の財力のおかげで珍味と贅沢に慣れたアレクシアから見ても豪勢な席だった。
「クリュシュカリア伯爵夫人」
舌を噛みそうになりながら女王は言う。
「ここに書記官はおりませんわ」
「まっ、なんて怠惰な。罰をお与えくださいな、陛下っ」
「いいえ。人払いをしておりますの。皆様との会話を楽しみたかったものですから」
ごめんなさい、と言いたげに小首を傾げた女王に、夫人は鷹揚に頷いてみせた。若さと地位ゆえにその失礼を許してあげるわ、と言いたげに。
「それにしても、そのお話が実現しましたらどうなるのかしら?」
と微笑むのはイザベラ・モーフォール侯爵夫人。隣に座った娘のセレスティーヌがまだぎこちない手つきながらお茶を楽しむのを気にしている。
「わたくしも、気になります。女王陛下は――テトラスのグリムヴァル国王陛下のこと、どうお思いですか?」
モーフォール侯爵家はかつて前王の派閥の中核にあった家である。アレクシアの実父とも懇意にしていたと聞いている。かといって悪人ではない。貴族は生き残るためその時代時代に適応するだけだ。
アレクシアは微笑み、ミルクを入れたお茶を音を立てずに啜る。もちろん、彼女の方にも禍根はない。アレクシアはモーフォール侯爵家に何もされていない。
「さあ、お会いしたことさえ数えるほどですから……愛らしいお嬢さん、お菓子はいかが?」
「わあ。ありがとうございます。マドレーヌは好きですの」
「それはよかったこと」
身を乗り出たのはアルノー侯爵夫人だった。
「でもねえクリュシュカリア伯爵夫人。もし、もしですわよ? そのお話が本当になったら、リュイスとテトラスは同盟を結ぶことになるのかしら?」
「イヤッ、怖いわ。テトラスの騎兵たちがここリュイスにまでやってくるのかしら?」
「まあまあ、それは大変なことですこと」
「歴代の国王陛下たちが、それだけはあるまじきと必死に阻止してきた事態ですわあ」
アルノー夫人の取り巻きの娘たちがくすくす笑う。アレクシアは透明なまなざしをクリュシュカリア伯爵夫人へ向ける。
「ええ。私としてもそれは危惧するところです、クリュシュカリア伯爵夫人。長年緊張した関係にあった我らとテトラスが、ここにきてすんなり手を結ぶことができるとは思えませんの」
「まあっ、女王陛下。それこそ女の腕の見せ所ですわよ」
夫人はばちんと音が出そうなほど長い睫毛でウインクした。
「グリムヴァル陛下をお招きして、女王陛下お得意の楽器でもひとつ、奏でてごらんなさいまし。テトラスは野蛮な国ですもの。【大氷河】の息吹に凍り付いたテトラス王のお心は、若いリュイスの深紅の薔薇の花の戦慄にあっという間にとろけてしまいましてよ」
わあっと若い娘たちを中心に歓声が上がった。招待するのは年嵩の既婚夫人だけにすべきだったか、とアレクシアは内心ため息をつく。
(せめて目新しい情報が聞けたら儲けもの、と思っていたんだけれど)
どうやらしくじった。
まあ、こんなこともある。
ぶどうのタルトを口に入れるとみずみずしい香りと甘さが広がった。これはリュイス王立魔法学院の民間への技術提携――しっぽ振り企画の一環で、魔力によって環境を調整された温室で育てられた果物である。
クラウディア・サンヴィル伯爵令嬢と、ヴィルヘルミナ・ド・フォーナル子爵夫人がきらきらした目でアレクシアを見つめた。
「女王陛下はぶどうがお好きですか?」
「我が父の持ちます菜園には素敵な梨がなりますのよ。もし陛下さえよろしければ――」
「ええ、ええ」
アレクシアはにこやかに貴婦人たちの囀りを聞き、頷き、微笑み、お茶を進め、また自分も飲んで食べた。
時間もそこそこに切り上げる頃にはどっと疲れていた。連日の政務の疲れで、とかなんとか言い訳をしたところ、貴婦人たちは親身にも開放してくれた。
去り際、全員が立ち上がって女王を見送るとき。それまで微笑むばかりで口を開かなかった一人の貴婦人が声を上げた。ロザリア・ブレインフィールド伯爵夫人だった。
言わずがもな議長であるブレインフィールド伯爵の妻であり、アレクシアの父フュルスト卿、母ルクレツィアの同級生だった女性である。伯爵令嬢カレンナは今日は同行していなかった。だからだろうか、夫人の口調はいつになくたおやかでしとやかで、怜悧であった。
「皆々様、お忘れではございませんこと? 女王陛下は女王であらせられる以前に、一人の女性でございます。女性にとって結婚相手を決めることは一大事。そうも周りが騒ぐこともございますまい」
あのやかましいクリュシュカリア伯爵夫人が絶句せざるを得ないほど、さらりとした物言いだった。
カレンナの母親は慈しみをもってアレクシアを見つめる。
「女王陛下、私と夫は陛下がどのような選択をなさいましょうともお味方でございます。――どうぞ、お心のままに」
深々とした一礼にアレクシアもまた返礼を返し、薔薇園を後にした。
薔薇の香りがいつまでも追ってくるようだった。ロザリア、薔薇の名前の人のまなざしが。
内宮に戻って執務室に至るまでの道を、するするとフィリクスがついてくる。
執務室の扉を閉めて、ようやく一息ついた。恐ろしい人だ、と思った。




