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【書籍2巻発売中】どうやら私は悪役のようですね。それで?【第三部完結】  作者: 重田いの
新米女王編

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反乱③


アレクシアが椅子に戻った頃、フィリクスが戻ってきた。白い子猫は連れていなかった。

「メイドが引き取ってくれたよ」

「どうもありがとう」

「それ、次の法案か?」

「ええ、まだ下書きだけどね」


フィリクスはアレクシアの斜めにある椅子に腰かけた。丸いテーブルの上に置かれたいくつかの書類のうち一つを彼は眺め、ちらりと彼女の顔を見てにんまりする。


「なあに?」

「いや。いい顔してるなあと思って。自信に満ちてる」

「はあ?」

「いいと思うよ。うん。あちこち駆けずり回るのは俺たちの仕事だ。君はこうやって頭を使っていた方が似合ってる」

「よくわからないけど、誉め言葉と受け取っておくわ」

「うん」


議会堂から鐘の音が鳴り響く。議論が決着したのだ。ほどなくして、ブレインフィールド伯爵かその配下の者が女王に報告に訪れるだろう。アレクシアは前髪を払い、目を閉じてその音を聞いた。――当初、彼女は議会に自ら出席してその議論を見守るつもりだった。だが議長ブレインフィールド伯爵によってそれは阻まれた。


「女王陛下お立会いの元では気後れして本音を零せない者もおりましょう。また、あなた会いたさに民衆が議会堂を取り巻くような事態も避けたい」

と言われれば、引き下がるほかない。


彼はすでに事実上の宰相である。アレクシアの出す布告文を用意し、その政策の方向性を助言する立場である。敵に回すのは避けたかった。


――ブレインフィールド伯爵がタリオン王の残滓を国の中枢から追い払うため、アレクシアの名を利用したということはわかっている。だが、彼はまだ敵ではない。


「議会の面々を敵に回したくはないわ。でもこうも後手に回らされるとさすがに苛つく」

「ははは」

「大切なことは全部、議会によって決められてしまう。私は押印するだけ。これでは権力なんてあってないようなものね」


「君主導で導入された法律だってあっただろう」

フィリクスは金の籠に手を伸ばし、小さなリンゴと小刀を取り出した。あっという間にくるくると赤い皮が剥け、一片が差し出される。


「まあね。でもあれはたぶん飴だったのよ。通りで裁可が早いと思ったわ」

アレクシアはしゃくっとした果肉を味わった。鼻に抜ける芳香とまだ酸っぱさが勝る味が、頭の芯を冷やしてくれる。


「今は鞭をもらっているところ。ふん」

この国の王の実態を知ったときは、怨敵であった前王にわずかながら同情したくらいだった。貴族たちは既得権益を決して手放さない。それこそ、強引に婚姻に割って入り派閥を破壊するくらいしなくては。


フィリクスは低くくぐもった笑い声を漏らす。

「貴族の結託ときたら末恐ろしいものがあるよな。あれこそが利権ってものだ。平民の生き血を啜る古い血の同盟だ」


もう一切れがやってくる。アレクシアは指先でリンゴをつまみ、頷いた。

「彼らを責めるわけにはいかないわ。前王の治世の中、反乱が起きなかったのは官僚や議員が頑張ってくれていたからだし」


「でももう少し従順になってもらわねば困る」

「ええ」

アレクシアは口の中の甘酸っぱさを飲み込んだ。

「それは、もちろん」


アレクシアはずっと前から、いつか手に入れる権力の使い道を画策していた。野心も計画もあった。


「王権とそれに伴う権力の保持が目標で、権力闘争や他国との戦争はすべてその手段という人たちのことも、わかるの。彼らが国のためだと信じて行動していることもわかる。でも、私がやりたいことは少し違うもの」


「この学校計画もその一端か? 俺には何が何やらわからんが」

「義務教育は必要よ。今みたいに神殿任せじゃダメ。全国で画一的な教育を施すの。すべての子供たちにね」


――アレクシアの目標は市民階級の形成である。農奴として移動を制限され、借地に縛られ一生を農耕に捧げる平民たちに、自由と教育を与えること。ひいては都市と農村の行き来をより開放し、関所の税金を撤廃、豊かな都市文化を全国に波及させ文化水準を上げる。


平民を市民にするのだ。市民階級が手に職を持ち、家と家族を持てば商業は活性化する。彼らが金を使えば国内で経済が回る。他国との貿易に頼らずとも経済が安定すれば、それすなわち国力の増強だ。


「要するに平民を金持ちにしたいってことか?」

「そう、そういうこと」

「ふうん。よくわからんが、君がするというからには協力する」

「……反対派は多いと思う」


とくに弱小貴族には、地税の他は領地の通行税が財政の頼りという者も少なくない。


音を立てず静かに、暖炉脇の壁の一部が動いた。フィリクスが立ち上がってそちらへ行く。アレクシアはくつろぎの姿勢のまま、顔を向ける。暖炉は赤々と燃えている。その熱に背中を押されるようにして現れたのはメイドだった。まだ年若い。十四、五歳ほどだ。


「女王陛下にご挨拶いたします……」

と一礼するのもぐらぐらして危なっかしい。

「それで?」

とアレクシアは微笑んだ。深く低く、聞く者の耳をとろんととろけさせる支配者の声で。


「何を見たのかしら? おっしゃい」

「は、はい」


フィリクスの見守る中、メイドは小走りにアレクシアへと走り寄る。ひそひそ、つっかえながら報告されたのは先ほどの議会での話し合いの内情であった。フィリクスが腰の剣をちらつかせながら背後にいるので、メイドの声は自然と高く、早口になる。


密偵頭はよく教育を施したようで、声は聞き取り辛かったが話は簡潔で分かりやすかった。アレクシアは辛抱強くすべてを聞き、金貨を取り出してメイドに握らせた。


「お行き」

「はいっ、ありがとうございます。ありがとうございます」


ぺこぺこと何度も頭を下げながら彼女は走り去る。紅潮した頬にうきうきした足取り、自分と家族がこの先もう二度とアレクシアに逆らえなくなる運命であることに、気づいているかもわからないほど純粋な心。彼女にとってはそのすべてが微笑ましかった。


リュイスの宮廷には前の支配者が残した足跡があらゆるところに残っていた。それはマホガニーの家具であったり、使用人の心であったり、厨房の季節のメニュー表であったりする。アレクシアはそのほとんどすべてをいっそ喜んで引き受けた。まるで自分がストームヴェイル王家の正統なる後継者であるかのごとく。


そして、宮廷人と使用人を魅了するため手段を惜しまなかった。心付けなど安いものだ。下をいびるのが趣味の庭師をクビにしたり、金食器を盗んで売り払った男爵を提訴したり、使用人の宿舎を改装したりしたおかげで、かの一族から接触があったのだ。


彼女は小さなため息をついて、バルコニーから部屋の中に入ってきた。フィリクスが眉を顰める前で、アレクシアは両手を広げ歓迎する。


「ミリエル」

「わたくしどもが幼少期から仕込んだわけでもない間諜を信頼なさるとは……もの寂しゅうございます」


鳶色の髪をひっつめにした、地味なメイド。エプロンの形からして洗濯係か、と思われる。逆に言えばそれ以外の手がかりが何一つない女性である。


ミリエルは小さな冊子の形に紐でまとめた紙束をアレクシアへ差し出した。

「ありがとう。行きなさい」

「はい。またご用命がありましたらお呼びくださいませ」


スカートをつまみ、足を交差させた完璧な一礼をしてミリエルは去っていく。音もなく絨毯の上を進み、フィリクスを完全に無視する形で素通りし、暖炉の横の隠し通路へ吸い込まれ消えた。


彼女が所属する一族のことをアレクシアは小説の知識から知っていた。彼らは長年に渡ってリュイス王家の影として仕えてきた一族だった。一族は王の護衛として、影武者としてその身辺を守り、決して表に出ることはなく、そのことを誇りにしてきたという。


王家の系統が代替わりしてもそれは変わらなかった。彼らの忠誠はリュイスという国そのものにあり、その上に君臨する権利を持った血統にあった。

アレクシアにも十分にその恩恵に与る権利がある、ということだ。

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