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【書籍2巻発売中】どうやら私は悪役のようですね。それで?【第三部完結】  作者: 重田いの
新米女王編

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反乱②

 

 モデロー伯が戻ってきたのは六日後のことである。かなり急いで馬を飛ばしてきたらしく、目の下に隈を作っていた。

「女王陛下、面目次第もございません……あれなる反乱は、神官どもの単独の企みではありませんでした」


「あなたは正直者ですね、伯」

 アレクシアは手ずからお茶を淹れてやり、モデロー伯を対面に座らせる。

「教えてください。つまり、どういうことだったのです?」

 伯は語った。


 モデロー伯はどちらかと言えば前王の派閥により近い人物だった。前王妃からの寵愛、もとい故郷の領主であったという気安さのため、王家の私財の管理などを任されていたという。アレクシア即位に伴う政変の際に取り調べは受けたが、ただ実直に仕事をこなしていただけだとして放免された。


 だがその間、忙しさにかまけ領地を管財人に任せたのが運の尽きだった。管財人はやはり前王妃からの支援を着服していた。しかも土着の神殿と山分けの形で。


「民からの布施と着服分を合わせ、それは贅沢な暮らしぶりだったそうで……」

 伯はがくりと肩を落とす。


「その上、無学な民を洗脳に近い形で追い詰めてさえおりました。従わなければ神に見放されるぞと。慈悲深さを見せたかったのでしょうか、租税を免除してやった関係もあり、神殿に借金する民もおり……誰も反乱に否やを唱えられなかったようです」

 と、話を結んだ。


「かくなる上は領地を返上し、息子に爵位を譲って隠居いたします」

 という。


 アレクシアは首を横に振る。

「いいえ、それには及びません。あなたは正直に話してくれましたから。正直者が正直に答えてくれたことになんの咎があるのでしょう?」


 モデロー伯はただ項垂れ、アレクシアがカップを差し出すとはっとして両手を出した。希少な割れやすい宝石を持つようにカップを戴き、許しの杯を干す。本来は酒でやるものだが、まあ神々も多めに見てくださるだろう。


「首謀者への尋問と真実の探求、再発防止を求めます」

「心より、……心より、感謝いたします、女王陛下」

 アレクシアは戻ってきたカップをひらりと蝶の羽のように振った。それで話は終わった。


 この噂は彼女の宮廷を駆け巡った。それが、冬のことである。テトラスで過ごした過酷な伏魔殿の日々が嘘のように平穏な冬が終わった。気づけばアレクシアが女王として即位して、三か月が過ぎていた。春がやってくる。議会の開催である。


 アレクシアはブレインフィールド伯爵の根回しを受け、民衆の支持を得て前王妃の推薦する少女を圧倒し即位した――ということになっている。だから、議長でもある伯爵は彼女にとって恩人といっていい。


 だからといって、女王と議長が対立していないわけではない。人間の悲しいところだ。


 議会に満場一致した意見があるとするならば、女王には口出ししてほしくないということだけだろう。君臨することは許す。だが意見を言うなとはなかなか画期的だ。


 だが残念ながら、ブレインフィールド伯爵をはじめ大方の議員の本音だろう。彼らは傀儡に操れる王がほしいのであって、王の手足となって働きたくなどないのだ。


 波乱の季節が始まる。いや、すでに始まっていたのか。


 反乱とも呼べない反乱の首謀者は、モデロー伯の執拗な追及に折れないでいる、という。伯と同じくらい焦っている人間はリュイスにどのくらいいるだろうか? アレクシアを引きずり落すことを狙う人間は。


 だがそれだけにかかっているわけにもいかない。反乱などなくても、彼女の仕事は多岐にわたった。春一番の花が咲くと同時に戴冠式を終え、それに伴う数々の儀礼式典への出席。神殿からぞろぞろと列をなしてやってくる神官たちをはじめ、貴族、軍人、学者その他あらゆる役職の人間の挨拶を受ける。昼は式典、夜は夜会漬けの日々である。


 そこからは前王がぐちゃぐちゃにした制度を再編成することに忙殺された。タリオン王の政治はめちゃくちゃだったと言っていい。特に司法の改悪がひどい。先祖伝来の氏族法に基づく慣習法を廃止したのは、まだいい。現状に合わない部分も多かったから。だがそこから、特例法の名の元に特権を乱発、多くの法律を機能停止に追い込み、存在意味を歪めていった。治世の後半に至ってはもはや国のことなど考えず、アレクシアの実父ガイガリオン伯爵をはじめ取り巻きたちに便宜を図ることしか考えていなかったとしか思えない。


 言葉の通り、寝る間もない日々だった。


 そして、議会の開催が宣言された日、アレクシアは迷いなくその開催を承認した。貴族院と庶民院からなり、貴族階級と平民階級(名目上は。実態は貴族の養子だの腹心の部下だの懇意の地主だのがその親分にあたる貴族の意見を平民の代弁として話すことが多い)が国に意見を問う貴重な場である。リュイスの国体の体現といっていい。これなくしてリュイスはリュイスではない。前王とは違う、ということを示すためにも、承認しないわけがなかった。


 そして一気に暇になった。


 何しろ女王に裁可を問うべき問題を精査している最中なのだ。することといえは孤児院への慰問だの式典への出席だのくらいで、それも夜までには終わってしまう。議会開催中は夜会も少なく、本当に久しぶりの、休暇といっていい日々だった。


 よって昼日中、私室でぼんやりと思索にふけっている。もとい、怠けている。


 壮麗な部屋だった。緋色の絨毯、白い漆喰の壁、燭台と果物が盛られた金の籠。暖炉には火が燃え、白いテーブルクロスを赤々と照らす。壁際にはうず高く詰まれた貢ぎ物が、まだまだ追加される予定。彼女は大きな窓辺に歩み寄り、カーテンごしに景色を眺めた。都アリネスの象徴とされるシュトリ・オルカ寺院。その鐘楼。パレットネス劇場の丸天井。リュイス王立魔法学院の白い羽根のような屋根。そして議会堂。いずれも霜は溶けていたが、今年の冬はひときわ寒かった。見下ろす庭園の噴水すら凍るほど。


 アレクシアは届いた手紙を気まぐれに開封し、読み上げる。


「『親愛なる女王陛下へ、珍しい贈り物をいたします栄誉を私にお与えください』……なあにこの死んだ文章」

「お口が悪いですよ陛下あー」

「あーらごめんあそばせ」


 部屋じゅうにプレゼントの箱が積み上げられている。若き女王への貢ぎ物だった。


「何しろ暇なものだから」

「可愛いじゃないか、猫だぞ猫」

「猫ねえ……」


 アレクシアは肘掛け椅子に頬杖をつく。フィリクスは苦笑して、白い子猫を持ち上げて躍らせた。子猫は大人しく、されるがままである。贈り物も賄賂も人間関係を構築する手段としては必要悪だと考えるアレクシアも、さすがに生きた猫を贈ってこいとは言っていない。


「嫌いなのか、猫?」

「大好きよ。でも飼わないわ」

「そうか。じゃあ誰か使用人が引き取ってくれないか聞いてくるよ。……おーい、そこの」


 さらりと言って、フィリクスは部屋を出ていった。アレクシアはうんと伸びをする。あの男のそういう湿度の低さが好ましい、と思った。


 オッドマンに足を預け、議会堂を忌々し気に睨む。


 リュイス王国、女王アレクシア。大層な肩書に反して、その立場と権限は限定されたものだった。


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