30.小さな案内人。
「やっぱりミドリさん達って獣人国に来るのは初めてなんですか?」
アオの案内で教会へ向かっていると、ふと思い出した様に聞かれた。
「あ、うん。見たことないものが多いからいろんな場所に行ってみたいんだよね。ふらふら歩き回るだけでも楽しそうだけどせっかくなら有名なものとかも見てみたいし。観光名所とかあるのかなぁ」
「この国にしかないものとか見てみたいっすね!美味しいものとかあったらむいが喜びそうっす」
「…お菓子とかだとさらに喜んでくれそう」
「あぁ、確かに。雪甘いもの大好きだもんね」
「…俺は碧も相当甘党だと思うけど」
それに返事をしながらそれぞれのしたい事を言っていくとアオがオススメの場所や人気のお店を教えてくれた。
輝璃に甘党だと言われた碧は、確かに自分も甘い物は好きだけど雪ほどではないと思う、と少し拗ねていたがアオが美味しいお菓子のお店の話題を出すとすぐに反応していたのでやはり甘党なのだろう。
因みに4人で手を繋いだままだといくらお大通りに比べ人通りの少ない道とはいえ、全く人が通らない訳では無いので迷惑にならないようにほどいてある。
ただ、アオは手を繋ぐのがお気に召した様で。輝璃達が手を離して歩き出そうとしたので自分も離した方がいいかな、と手の力を緩めたら遠慮がちにこちらをちらりと見た後にアオの方からキュッと手を握ってきたのでアオと碧の手は繋がれたままなのだが。
緩められた手にまた力がこめられた事にアオは安心したようにふにゃりと笑っていた。
それにしてもやっぱりとはどういう事かと聞き返してみるとすぐに答えが返ってきた。
どうやらアオは、碧達がどの露店に行こうかと相談しているところを見ていた様で、物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回している様子からこの国の住民ではなさそう。獣人を連れて仲良さげに話していたのでこの人達なら自分が話しかけても大丈夫かも、と思い声をかけたという事らしい。
シスターやみんなの手伝いをしたくてお客さんを教会まで連れて行くという仕事を与えられたはいいが、いつもは留守番ばかりしていたのでいざ声をかけようとしても誰に声をかけたらいいのか迷っていた時に碧達を見つけられてよかったと嬉しそうに話していた。
お客さんをお店まで案内する為に他にも何人か来ていて、アオは初めての案内役だったので心配されて最初は2人で一緒に来ていたらしいがいつの間にかはぐれてしまっていたらしい。
はぐれたと気づいてすぐに一緒に来てた友人を探したが人混みに紛れてしまったのか見つからず、1度教会に戻ろうか悩んだが“どうせ戻るならお客さんを連れていかないと…!”と使命感にかられそのまま1人で続けていたそうだ。
因みにその心配性の友人が、はぐれてからずっと顔を青くしながら必死にアオのことを探すために走り回っている事を“お客さんを探してるうちに友人とも会えるかな、会えなくても教会に戻ったら会えるよね”と呑気に考えてるアオは知らない。
「本当は僕ももっと外に出て手伝えたらいいんだけど…ハイエナ族だからこの国の人にはあまりいい目で見られないし、シスターが心配してくれて今までは留守番ばかりだったんだけどいつまでも甘えてばかりじゃいられないし今日はシスターにお願いして外の手伝いにしてもらったんです」
そう話すアオに、碧はさっきあった出来事が頭をよぎる。
この子に対する反応はあの男性と同じようなものばかりなのだろうか。もしもそうだとしたらそれはあまりにも…と黙り込んで考えていると、アオが“もう見えてきます”と声をかけてくれたので繋いでいない方の手でアオの頭を撫でながら視線を前に向けなおした。
頭を撫でた途端にパタパタと尻尾と耳が忙しなく動き出したのは見逃していない。素直な反応が可愛くてもやついていた気分が和んだ。
アオの言葉通り、すぐに教会は見えてきた。
外見は白を強調としたかなりシンプルな建物だった。冒険者ギルドやミツノキに比べてしまうとこじんまりとした印象だが、大通りで見た一軒家などよりは少し広く見える。
外には子供が走り回って遊べるくらいの庭がありその隅の方で洗濯したものを干しているようで、丁度小さな少女が背伸びをしながら一生懸命シーツを干そうと奮闘している後ろ姿が見えた。
少女の傍には踏み台の様なものが置いてあるがそれを使わずにやりたい気持ちが強いのか、グッと精一杯背伸びをしている。ほんのわずか物干し竿までは届かないようで、諦めたように溜息を吐き踏み台のある方へ振り向いた。
少女が振り向いたら当然すぐ近くまで歩いてきている碧達の存在にも気づくわけで。驚いたような表情の少女と目があった。
「シスター、シスター!アオが帰ってきたー!!」
数秒間放心していた少女はハッと我に返って建物の中へ向かって大声で叫んだ。その声を聞いてか、中からバタバタと急いでこちらへ向かってくる足音が聞こえたと思ったら入口の扉が勢いよくバンッと音を立てて開かれた。
出てきたのは40代くらいの女性だ。髪と瞳の色はアオよりも少し薄い茶色で、動きやすくするためか長い髪を緩く結んでいる。
女性にしては身長がやや高めではあるが細身な為かスタイルの良さを引き立てていた。
修道服を身にまとっているのでこの人がアオの言っていたシスターなのだろうか。
扉を開けこちらに駆け寄る女性はひと目でわかるくらいに怒った顔をしている。その怒りを向けられているはずのアオは気にもせず嬉しそうに笑いながら女性に話しかけた。
「ただいま、シスター。ちゃんとお客さん連れてきたよ!」
「アオ!あれだけみんなとはぐれないようにって……え?あらやだ、ごめんなさい」
アオが“ほら!”と碧達の方に指をさしたおかげでようやく女性の視線がこちらにむき、碧達の存在に気づくと慌てたように頭を下げた。
気にしてないと伝えると中に案内されたのでアオと女性の後に続いて歩いていく。
歩きながら周りを見渡していると廊下の真っ白な壁のちょうど碧の膝下あたりにいくつか描かれた落書きがあることに気づく。子供が描いたであろうそれはお世辞にも上手とは言えないがどこか心温まるものがある。
自身の幼少期では想像もできない光景にほんの少し羨ましく感じながら、でもきっとこれって描いた後叱られたりするんだろうなぁ、とほのぼのと呑気に考えながらアオに手を引かれたままシスターに案内された部屋に入る。
通された部屋は広間だった。十数人程座れる長いテーブルと椅子が並んでいる。
子供たちに連れられて飲み物を買いに来た客が座って寛げるように配慮されているのか机の上には丸や四角く型取られたクッキーが小さなお皿に入れられてどの席からでも取りやすいように少しずつ間を開けながら並んでいて、子供たちの手作りなのか上手く形にならず歪んでしまっているものも混ざっていた。
外装を見た時から何となく感じていたが、この建物は元から教会として作られたものではなく、家を改造して作られたようだった。
教会にしては広すぎるし、なにより天井が高くない。祈りの場はさっき廊下を歩いている時に見かけたが元の世界で見るような芸術的なガラス細工はなかった。そもそも言葉通り世界が違うのでこちらにガラス細工ができる技術や材料があるのかは謎だがそれにしても碧の知っている教会とは程遠い。
アオがみんなでお金を集めて建てたと言っていたし、教会と言うよりは孤児院に近い印象を受けた。
「…碧、これ俺どうしたらいいの。ねぇ俺これどうすればいいの」
昔見た施設にも似てるなと思い出していると、早口で捲したてるように輝璃に呼ばれた。
焦りを含んだその声にどうしたのかと無意識に下を向いていた視線を上げて碧は目の前の光景に堪えきれず吹き出した。
「おにーちゃん、りんがとおらんのじゅーすどっちがいい?どっちがすき?」
「ぼくはね、おらんのじゅーすのほうがすきなんだけどね、りんがのじゅーすもすきなの。あまくてすっぱくておいしーよ」
「なぁなぁ!!これおれが作ったの!みんなで一緒に作ったんだぜ!」
碧が笑っている間も、子供たちはわらわらと輝璃の服や腕をぐいぐいと引っ張っている。フィーの近くにも寄ってきて椅子に座らせようと小さな手を繋いでテーブルへとひっぱっていく。
子供たちの言う“りんが”と“おらん”はリンガとオランという果物の事らしい。
未だに動き出せずにいる輝璃とは違い、フィーはくすくすと楽しそうに笑い両手を懸命にひっぱる子供たちが転ばないようにゆっくりと歩いて言われるがまま1人先に席に着いている。
「ふ、あははっ大人気だね輝璃!」
「…笑ってないでどうにか、して」
「カガリくんは積極的に来られると弱いんすね?むいには普通に接してるし子供の扱い得意なんだと思ってたっす。まぁ正確には子供って訳じゃないんすけど」
「輝璃はね自分より小さいと怪我させそうだからって理由であんまり得意ではないんだよね。本人の意志とは関係なく物凄く子供に懐かれるんだけど」
「…わ、待って引っ張らないで、転ぶ、転んじゃうから。危ないから」
手を繋いでも固まったまま全然動かない輝璃に痺れを切らしたのか子供たちはぐいぐいと引っ張りなんとか動いてもらおうと奮闘し始めたのだが数人で引っ張ろうとしたからかそれぞれ引っ張る方向がズレているので輝璃はどれについて行けばいいか迷う。適当に体を任せてもいいが急に動くと子供たちが転びそう、と考えてしまう輝璃はやはり動けない。
どうしようかと悩んでる内にも、ぐいぐいぐいぐい段々と引っ張る力に遠慮がなくなってきてそろそろ本気で転んじゃいそうだし、と意を決した輝璃は自身を引っ張る子供たちの内1番近くにいた2人をひょいっと抱えた。
きゃー!と、ぐんっと高くなった目線にはしゃぐ子達を軽々と抱えたまま、酷くゆっくり歩いて輝璃はやっと席につくことに成功した。
ほっと息をついたのもつかの間に、今度は抱っこをせがまれてまた子供たちに囲まれているが。
結局1番最後まで立っているままの碧の傍には小さな案内人は来なかった。
恐らくその理由となっている碧の腰元にぎゅうと抱きついたままの少年の頭をゆるりと撫でる。
「ねぇ俺の可愛い案内人さん。よかったら席まで連れてって貰えますか?」
「よろこんで」
撫でられる感覚を堪能しながらアオは嬉しそうに笑った。




