31.想像より甘くなかった。
こっちです、と言いながら嬉しそうにへにゃりと笑うアオに手を引かれ碧は輝璃の隣に座る。
「なぁ、はやくはやく!つぎおれのばん!!」
「…あ、だから引っ張ると危ないって、順番、順番だから」
輝璃の隣とは言っても、本人は“僕も私も”と次々に抱っこをせがむ子供たちに囲まれ律儀に一人一人抱き上げているので立つことを余儀なくされているのだが。
相変わらず助けを求める視線をひしひしと感じているがフィーも碧もそれに気づきながら、困ってはいるが嫌がっているわけではないのなら大丈夫だろうと判断しているので動かない。
輝璃が子供嫌いなら話は変わってくるが、慣れていないからと接し方が分からないだけで嫌いな訳ではないのなら口を出すつもりはない。
“仲良くなれるならいい事だし”と碧は思っているし、フィーに至っては“これはカガリくんが遊んでいるのかそれとも遊ばれているのかどっちなんすかね”、と割と失礼なことを思っている。
それをなんとなく察してしまった輝璃は今度は抗議するように視線を送るがそれすら流された。
とにかくこの状況をどうにかしようと思考すること数秒、子供を抱えたまましゃがみこみ自身の周りに群がる子供たちにこそこそと何かを伝えた。
それを聞いた輝璃の周りにいる子供たちがこくりと頷き、出されたクッキーを美味しそうに食べていたフィーにも抱っこをおねだりし始めた。
どうやら助けて貰えないので巻き込むことにしたらしい。
「…これで、フィーも逃げられない、ね」
「カガリくん、子供たちを味方にするのはずるいと思うっすよ。こんな可愛いおねだり断れるやつなんていないっす。卑怯っすよ」
「…ふふ、逃げてもいいんだよ。追いかけっこになるだけだと思うけど」
「おっと、誰に言ってるんすか。僕が何年むいの相手してると思ってるんっすか?こんな人数余裕っす」
輝璃から予想外の反撃をくらったフィーは不服そうだが、それは輝璃意表を突かれて拗ねてるだけで子供と遊ぶことは満更でもないので断ることは無い。むしろ歓迎する。
「むい体力凄いもんね。この前遊んだ時も俺の方が先にばてちゃったし」
碧はそんな事を言いながら完全に他人事だ。何せ碧の足の間にはアオがちょこんと行儀良く座っている。
席に案内して碧が座ったのを見て満足した顔のまま、輝璃の椅子とは逆側が空いているというのに座らず、座らないのかと聞いてもふるふると首を振り碧の横に立ちっぱなしだったので、ひょいと持ち上げてちょっと強引にではあるが座らせたのだ。
最初のうちは、そわそわもそもそと落ち着かない様子でこちらを見てきたが碧の表情をみておろす気がないとわかったのか少し照れながらも嬉しそうに笑い、今はもうすっかり腰を落ち着かせて頭を撫でてくる手に気持ちよさそうに目を細めている。
ニコニコとアオの素直な反応を喜んでいる碧が、アオを退かしてまで他の子を優先することはないし、あれは暫く立つ気もないな。と付き合いの長い輝璃は知っているので碧の所には子供たちを行かせることは無くその代わりにフィーを道連れにした。
「ーーミドリくんはずいぶんあの子に気をかけるっすね?」
「…碧は気を許すとすぐ甘くなるから」
時々呆れちゃうくらい、と仕方なさげに頬を緩める輝璃を見てフィーは納得した様に頷いた。
初めて森で会った時から警戒心の薄い人だとは思っていたがそういうわけでは無かったらしい。
ただ自分達やあの子が碧の御眼鏡に適った、とそういう事なのだろう。
「まぁミドリくんが楽しいならなんでもいいっすけど」
そう言いながらフィーは笑う。嬉しそうに、それでいて獰猛に笑う。
あの子の種族がハイエナ族である事も、例え過去に罪を犯していようがいまいがそんな事はどうでもいい。
フィーにとって重要なのは碧達に危害を加えるか否か、ただそれだけ。
碧が気に入ったというならそれでいい。守る対象が少し増えるだけで大した手間でも無い。
ーー自分はただ、碧達やその周りの人に危害を与える者が居るのならそれを消してしまえばいいだけなのだから。
「…悪い顔してるね、フィー」
「そうっすか?…あー、でもそうっすね、僕は僕の周りの人が楽しく過ごせればいいんすよね」
子供を抱えながら輝璃はいつもとは違う顔で笑うフィーを見る。
暗にそれ以外はどうでもいいとも取れる言い方だがきっとそうでは無いのだろう。ただ自分の中の優先順位が、少しも揺らがない程はっきりしているだけ。
フィーが相手をしている子供達はフィーの魔法によって作られた子供の背丈程ある影犬と遊ぶのに夢中になっていて、表情の変化には気づいていない。
小さい子が見たら怖がられそうだと心配したが気づいていないのなら大丈夫かと輝璃は安堵する。
影犬と遊ぶ子供たちからフィーへと視線を戻すともうさっきまでの表情は消えいつもの顔に戻っていた。
輝璃は何かあったのかと思いつつ、変な感じもしないしなんだか嬉しそうだし平気か、と特に追求せずにもっと遊べとせがむ子供達へと意識を戻した。
それから遊ぶこと数分、広間に案内してから少しの間席を外していたシスターが戻ってきて輝璃達に群がって遊ぶ子供達を見て顔を白くさせ更に子供達と遊んでいる見覚えのない巨大な影犬に気づき悲鳴をあげたのは言うまでもない。
「本当に何から何まですみません!おもてなしもしないで子供達がご迷惑を…!」
「…いえ、びっくりはしましたけど俺らも楽しんでたので」
「そうっすね、むいに比べれば可愛いもんっす」
影犬を見てパニックに陥ったシスターを何とか宥め、向かいの席に座らせることに成功した輝璃達は自分達も席に座る。シスターが来たことで大人しくなった子供達は空いている席に座ったり影犬に遊んでもらっていたりと自由に動いている。
フィーは出されたクッキーが相当気に入ったらしくサクサクと上機嫌で頬張り、輝璃は子供達から解放されて怪我する子がいなくて良かったと一安心している。碧に至っては席から動いてすらいない。シスターが入ってきた時も影犬に驚き叫び声をあげた事に輝璃達がフォローしていた時も子供達がお叱りを受けている時も変わらず、賑やかだなぁと楽しそうにアオの頭を撫で続けていた。
「はい、これどうぞぉ」
アオを撫で続けていた碧の前にコトリ、と零れないようにゆっくりとグラスが置かれた。
グラスを持ってきた少女にお礼を言いなみなみと注がれたそれを口に含む。
「ん、すっぱい」
「…俺の方は甘い」
「ミドリさんオランは苦手でしたか?リンガジュースとこうかんしますか?」
「こっちがオランなんだ。じゃあ輝璃の方はリンガだ」
「…そうらしい、ね。こっちのも飲む?碧の好きな味だと思うよ」
綺麗なオレンジ色だったので柑橘系の味がするのかと飲んだら想像よりも酸っぱかったので碧は思わず口を結びシビビ、と肩を震わす。
碧からすれば見るのも飲むのも初めてで、見た目がオレンジジュースだったので甘めのを想像してたので思わずビックリしたが酸っぱいとわかっていれば癖になる味だ。美味しい。
嫌いな味だったかと心配そうにこちらを見ているアオに大丈夫だと伝える。
とはいえ口の中が甘酸っぱい。甘いのを想像しながら飲んでしまったので反動が凄い、と輝璃の方から寄せられたグラスに手を伸ばす。変わりに自分のグラスを手渡した。
受け取ったグラスに口をつけると今度は優しい甘みが口に広がった。
「あ、こっちも美味しい」
「…こっちも酸っぱいけど美味しいね、雪が好きそう」
「あー、確かに好きそう」
「そうなんすか?じゃあどっか売ってるとこあったら買って帰るのもいいっすね、無かったらマリーちゃんとか詳しそうなんで聞いてみれば教えてくれそうっす」
「…ん、あったら喜ぶと思う。むいもこれ好きかな?」
「あ、むいにオランジュース飲ませると凄い顔するっすよ」
その顔を思い出しているのかくすくすと笑うフィーを見て2人が“え、何それちょっとみたい”と食いつく。
気になるなら試してみるといいっすよ、と楽しそうに言われ2人はオランジュースを頑張って探そうと頷きあった。
むいが嫌いな物だったらもちろんそんな事しないがフィーが話したのならそれは無いだろう。むいが嫌ってる物をフィーが態々教えるとは思わない。
ここにはいない2人の反応を想像しながら、碧はアオからそっと口元に運ばれるクッキーを頬張った。
「アオが、初対面の人とこんなに仲良く…」
受け取ってくれたと嬉しそうに笑うアオとアオから貰えたことに喜ぶ碧は、信じ難いものを見たような表情で碧とアオの事をガン見するシスターの視線に気づかない。
シスターはそのまま目を離すことなく2人のことを見つめていたが暫くすると口から溢れそうになる言葉を無理やり飲み込みゆっくりと深呼吸をした。
「改めて、足を運んで頂いた事に感謝を」
「えっ、いや俺たちはアオに着いてきただけなんで、そんな…」
座ったまま深く頭を下げるシスターに碧は首を振るが“それでも”とシスターは頭を下げる。
「貴女方のおかげで見たかったものが見れました。アオもちゃんと仕事を全うして偉かったですね」
そう言って優しく微笑む彼女に、アオと碧は擽ったい気持ちになりながら返事をする。
そんな光景を輝璃とフィーは微笑ましげに眺めているとシスターがふと首を傾げた。
「アオ、さっきからヒナタを見かけないのだけれど何処にいるの?そういえば帰ってきた時一緒にいなかったみたいだけど…」
「あれ?帰ってきてないの?途中ではぐれちゃったんだけどヒナタなら先に帰ってるかなって思ってたんだけど」
つい先程までは我が子の成長を喜ぶ母のように穏やかに微笑んでいたシスターの顔が驚愕に染まる。額に手を当て困った様子でアオを見た。
「ヒナタが貴方を置いて先に帰るわけないじゃない…あの子が素直じゃないのも悪いのだけれど」
シスターはそのまま近くにいた少女を呼ぶ。碧達が来た時に外で洗濯物を干していた少女だった。
アオとはぐれたまま行方しれずな少年を迎えに行って欲しいと頼まれた少女は、全くしょうがないなぁと言って呆れた様子を隠さず広間を出ていった。




