25.どんまい、ラントさん。
「…むいちゃん、あし、はや、」
「ごめんね、もっと早く助ければよかったね」
碧の周りを目が回ってしまうくらいの速さで追いかけっこを繰り広げていたアルが、碧に抱えられたまま主に精神的疲労でぐったりしながら荒くなった呼吸を整えている。
ーーむいと追いかけっこをし始めてから少しの間は可愛らしい物だったのだが、途中でテンションの上がったむいがスピードを上げてからアルの顔色が変わった。
背後からはむいが物凄くいい笑顔でランランと目を輝かせながら追いかけてくるから、止まったら絶対捕まる。それは100歩譲っていいとしても今止まったら確実にむいは止まりきれずに突っ込んでくる気がする。もし仮に避けられたとしてもむいがこけて怪我をしてしまうかもしれないのでそれもさけたい。
それに視界の端ではマリーの恨めしい目でじぃぃぃっと自分を見てるのがちらちら見える。これは捕まったらやばい。絶対にマリーが拗ねるコース一直線だと勘が言っている。
マリーが拗ねると長いのだ。本気で怒らせたら軽く2.3日は口を聞いてくれなくなることもある。アルの頼みの綱のマーク達はなんだか嬉しそうに笑ったまま助けてくれる様子はないので逃げ場がない。
切羽詰まったアルの目にじわじわと涙が溜まっていく。
それに気づいた輝璃が碧にジェスチャーで伝えて、碧が急いでヒョイっとアルを抱き上げ強制的に追いかけっこを終わらせた。
遊び足りぬとむいが不満そうな顔して訴えてくるが、アルは碧の首にしがみつく様に腕を回して絶対に降ろされまいと奮起している。どうやら軽くトラウマになってしまったらしい。流石にこの状態のアルをもう1度放り出すほど碧も鬼ではない。
悩んだ挙句“ボックス”から最近のむいお気に入りのボールを取り出してマリーの方に優しく投げる。
このボールは碧の傲慢で造ったもので、室内でも遊べるように改良したものだ。
素材はゴムのように軽く柔らかい。
風船をイメージして造ったので滞空時間が他のボールに比べて長く、軽く弾くとふわふわと浮きゆっくりと落ちてくる。
風船のように軽いが触れるとスライムのように柔らかくプヨプヨしている。
室内でも遊べるように改良したソレはボールとしては少し小さめだが少し遊ぶ分には十分だろう。
これでむいはボールに夢中になったし、むいと遊びたがってたマリーも一緒に遊べて一石二鳥だ。
「…ミドリさんありがとう。もう大丈夫だか……待ってやっぱりもうちょっとだけ。心の準備が必要だったみたい」
「ん、了解しました」
「あ、なんで目逸らすんですか。僕にも抱っこさせてくださいよ、アルが弱ってる所なんて超貴重なんですから。団長に自慢したいだけなんで怖くないですよ?ね?さぁさぁさぁ僕の方にもおいで〜」
アルを下ろそうとするとラントが颯爽とやってきて2人の前に立ち両手を広げる。それを見たアルがピクリと反応し、すぐさま何かを察したのか可愛い顔をくしゃりと歪めた。
その様子を見て更に楽しそうに笑みを深め両手を広げたままラントがゆっくりと近づいてくる。
「…ミドリさんのおかげでもう元気だもん。もし元気じゃなかったとしてもラントさんの抱っこはやだよ。そのまま団長のとこに連れてかれそうだし」
「え、なんでバレたんですか…?団長にただ話しを聞かせるよりもそのまま見せに行って自慢しちゃおうって僕の完璧プランが…」
碧に抱かれたままツーンと顔をそらすアルに、計画がバレてしまったラントがわざとらしく膝をつき項垂れる。悲しそうな雰囲気を醸し出しているがちらちらとアルの方を覗き見ているので演技なのがバレバレだ。
アルがそっぽ向いたままなので、立つタイミングがわからなくなったのかだんだんと本当に困ったような顔になっているのでかなり面白い。
「みーくん」
不意に名前を呼ばれ、そちらに視線をやると雪が近づいてきていて、それに気づいた輝璃とフィーも自然と寄ってきた。
「マリーちゃんから教えて貰ったんですけど近くに魔道具屋さんがあるらしいです。みーくんの欲しがってた暑さを軽減してくれる物もあるかもしれないですよ」
「僕らもマークさんから聞いたんっすけど、夕方になるとギルドの受付が依頼の達成報告しに来た冒険者で少し混雑するらしいんでそろそろもう1回ギルドに行ってみようかって輝璃くんと話をしてたところっす」
「…あの、ラント、立たないの?」
「…!立ちます、立ちますよ僕!ありがとうカガリくん!君は僕の足の恩人だ!いやぁ、アルが全然こっちみてくれないから立っていいのかわかんなくなっちゃって…」
「ぼくのせいじゃないでしょ、ラントさんの自業自得だもんね。そんなこと言ってるから入ってきたばっかりの後輩になめられちゃうんだからね」
輝璃に声をかけられ、やっと立つタイミングをつかんだラントが勢いよく立ち上がる。輝璃の手を取りブンブンふって感謝の意を伝え、構ってくれなかったアルの方を見ながらラントが不貞腐れたように言うと、アルから容赦のない言葉が飛ぶ。
「…………………マークさあああああん!!アルが、アルが今酷いこと言いました!傷ついた!傷つきました!!!僕だって好きでなめられてるんじゃないですよちくしょう!」
それを聞いた途端にラントの表情がピシ、と固まり、たっぷり間を開けてから情けない声を出しながらマークに泣きついた。
「まぁ、どんまいだ。お前にゃアルに口で勝つのは無理だ、諦めろ。…悔しかったら勤務態度改善して先輩としての威厳を見せることだな。お前が本気でやりゃあできんだろ」
「うぅ、ラントくんはいつでも真面目で一生懸命に仕事に取り組んでますよぅ。何がダメだって言うんですか…」
「そうだな…隙さえあればサボろうとするところとか、怒られそうになるとすぐ逃げるところとか、何処でも寝るところとか、泣き虫なところとか、すぐ騙されたりするところとかをなおせばいいんじゃねェのか?」
「…わぁ。凄い速さででてくるー、…ふふ、あれ、おかしいなぁ。なんだか前がよくみえないですねぇ?」
マークもラントに対して思うところがあるのかフォローする気は特にないようだ。2人から遠慮なくズバズバと言われたラントはマークの腰にしがみつくために回していた腕を解きゆっくりと、それはもうゆっくりと立ち上がり、近くにあった椅子に膝を抱えて座りいじけ出してしまった。
「あ、放っておいて大丈夫だよ。ラントさん欲望に忠実だからお腹すいたらいつの間にかケロッとしてるから」
心配になりちらちらとラントの方を見ていると、ずっとむいと遊んでたマリーがさらっと言うので後ろ髪を引かれながら碧達はなんとか話を元に戻す。
「ええっとそれで、魔道具屋とギルドについてだったよね?俺は出来れば暑さを軽減できる物があるなら見てみたいかな。それにそれ以外の魔道具にも個人的に興味あるな」
「…それは俺も、興味ある」
「それならギルドが混雑するって聞いた時間までまだあるんで先に魔道具屋に行ってからギルドに向かうのはどうっすか?」
フィーからの提案に3人は頷く。ルーティアには日本と違い四季と呼ばれるような季節はない。
ずっと寒い国や1年中通して暑い国はあるらしいが、獣人国は基本的に気温が天候によって左右されやすい。国に住む住人の認識としては太陽が登っている間は暖かく、月がでている間は空気がひんやりと冷たい、などとそんな感じのぼんやりした認識なんだそうだ。
まだ獣人国に入って1日目の碧にはその日の暑い寒いの予測がつかないので、急に暑くなられる前に魔道具は手元に置いておきたかった。
「むいはたぶんマリーちゃんと遊ぶのに夢中なんでお留守番っすかね。セラさん達に大丈夫か聞いてくるっす」
「あ、じゃあ私もむいちゃんと一緒にお留守番してます。マリーちゃんが居るとはいえ1人だけお留守番は寂しいですし…魔道具は良いものがあったらお兄ちゃんのおすすめで買ってきて欲しいな」
「…ん、わかった。任せて」
「じゃあ私むいちゃんに伝えてきますね」
言うが早いか2人はすぐに行動に移った。待ってる間手持ち無沙汰になってしまったと思っていると、腕の中でアルがもそもそと動き“もう大丈夫”とお礼を言われたのでそっと降ろしていると、輝璃がアルと碧をじっと見ていることに気づく。
「どうしたの輝璃?」
「…ん、こうして見ると2人共兄弟みたいだなぁって」
「ミドリさんみたいなお兄ちゃんいたら楽しそうだね」
「俺もアルくんみたいな弟欲しかったなぁ、お兄ちゃんみたいな人はいるけど弟もいいよね。かわいいし」
「…碧はいいお兄ちゃんになりそうだよね。面倒みもいいし、すっごく可愛がりそう」
「あー、確かにそうかも」
「セラさんに伝えたら快く了承してくれたっす…ってなんの話しっすか?」
セラの元から戻ってきたフィーがほのぼのとした空気で話している碧達を見て笑みを浮かべながら聞いてきたので教えると、なるほど、と納得したようにポンと手を叩いた。
「確かにいいお兄ちゃんになりそうっすねぇ、喧嘩とかしてもすぐ許しちゃいそうな感じするっす」
「ぼくはミドリさんなら喧嘩になる前に許しちゃいそうなイメージだなぁ」
“確かに!”と更に盛り上がる3人を碧は嬉しいような悔しいようななんとも言えない微妙な気持ちになる。流石に碧だって怒る時くらいはあるし喧嘩する前に許すなんてそんなことは無い。無い、はずだ。たぶん。と考えているうちに、何故か碧がいかに優しいかという話題に移っていた。主に付き合いの長い輝璃が話していてフィーとアルが興味深そうにうんうんと頷きながら聞いている。
「か、輝璃、そんなこと話さなくていいから!ほら!早く行かないとギルドも混んじゃうんでしょ!」
恥ずかしさで赤く染まった頬を誤魔化すように両手で輝璃の腕をグイグイと引っ張りこれ以上話されないうちに外に連れ出そうと奮闘する。輝璃も抵抗する気はないようで素直についてくる。その後ろからは笑いながらフィーもついてきていて、アルだけは少し残念そうにしている。
「いってらっしゃい!あ、カガリさん!帰ってきたらまた話聞かせてね!」
「…ん、任せて」
手を振りながらおねだりをするアルに、輝璃はズルズルと引っ張られながらコクリと頷いた。




