24.頑張れ、アルくん。
マークが厨房に入ると少ししてから入れ替わるように雪とむい、マリーが戻ってきた。
雪達とアルは、厨房にいった際に自己紹介は済ませてあるらしい。
厨房に行っている間に仲良くなれたのか、むいは緊張してたのが嘘のようにマリーと楽しそうに話しながら戻ってきた。その証拠に、むいの頭にはふわふわの耳がピンとたっていた。
「ミドリ!あのね、グラシェがね、ほくほくのとろとろだったの!」
戻ってくるなり碧に抱きつき、むいが興奮冷めやらぬ様子で話す。耳と同じくふわふわのしっぽをはち切れんばかりにブンブンとふっている。なんなら勢いが良すぎて若干風を切る音まで聞こえる。当たったら痛そうだ。
どうやら厨房でセラの手伝いをしたご褒美としてグラシェを少し味見させて貰ったようで、その味が物凄く気に入ったらしい。
碧に感想を伝え終わると次はフィーの方に走っていった。否、凄い勢いで突進していった。
フィーは慣れているのか、焦る様子も見せずにむいを軽々と持ち上げそのままくるりと回って突進の勢いを無くさせていた。むいを抱き上げたままニコニコと話を聞いている。
雪もむいと同じように、輝璃に一生懸命にグラシェの味の感想やらセラの料理のうまさを絶賛していて、輝璃は頬を緩めながら雪の話しに相槌をうっている。
因みにその様子を見てマリーは“そうでしょ、お母さんの料理は美味しいでしょ!”と自慢げに胸を張って、アルはそんなマリーを見てくすくすと笑っている。口を手で覆って笑っているのを隠そうとしてるが肩がプルプル震えているので全く隠せていない。
笑われていることに気づいたマリーがべちべちとアルを叩く。
アルはそれを避けることなく受け、笑いながら“ごめんね?”と謝っている。
「もう!笑わないでってば!なんで笑うの!」
「マリーは本当にセラさんが好きだなって思っただけ」
「なっ、アルだってお父さんのこと大好きじゃない!」
「えっ?!いや、ぼくはただマークさんみたいな傭兵になりたいだけで…別に…」
照れているのか顔を赤くしながら言い返すマリーに、アルは図星を突かれてうまく言い返せずに視線を右往左往させる。
2人共素直に両親を好きと言うのはなんとなく恥ずかしいお年頃…思春期真っ盛りのようだ。
その様子だけなら微笑ましい限りなのだが、マリーとアルは背中を向けているので気づいていないが、2人の方を向いている碧の視点からは厨房からひょっこりと身を乗り出して嬉しそうにニヨニヨ笑うセラとマークの姿がバッチリ見えている。
マリーとアルは未だに“そっちの方が!”と言い合っている。それを見て更にマーク達の顔が緩んでいくのが見えて、このままだと自身の腹筋が笑い過ぎで悲鳴をあげると確信した碧はマーク達に声をかけた。
「マークさん、セラさん、話はもう終わったの?」
「んっ?あ、あぁ。終わったぞ」
「仕込みもしっかり終わらせたわ、雪ちゃん達も手伝ってくれて助かっちゃったわぁ」
碧に声をかけられた2人は、アル達が振り返るよりも早く緩みきった表情を切り替えてこちらに歩いてくる。
マーク達が居ると知ったマリーとアルがピタリと動きを止める。話していた内容が聞こえてないのかが気になるようで、おそるおそる振り返っていた。
マークとセラにはもちろん聞こえていた、と言うよりバッチリ聞いていたのだが、聞こえていなかったということにするらしい。
マークがにやにやしながらアルとマリーの事をからかい始めた。
「なんの話ししてたんだ?ん?」
「えっと、今日の夕飯楽しみだねって話してたんだ。ね、マリー!」
「う、うん!むいちゃん達も手伝ってくれたし!」
「ふぅん?本当かぁ?」
「本当だってば!ほらそろそろお店準備する時間でしょ!ラントさんだってもう来る時間になるよ!」
マークに問い詰められたアルが少し赤くなった頬を隠すように碧の腕を掴み背後に回る。碧の背に隠れたアルをマークが口をぽかんと開けながら驚いたように見ている。
なんでマークが驚いているのかわからずに居ると、またガチャリと音を立てて扉が開く。
入ってきたのは金髪のようにキラキラとした黄髪と金目で中性的な顔立ちの、マーク達と同じく昼間にも会った青年だった。
「はいはーい。みんな大好きラントくんの到着ですよーっと…え?何この空気?なんでみんな僕の方ガン見してるんです?あれ、これもしかして僕、変な時に入ってきちゃいました?…あー、そういえば僕ロイおじいちゃんに頼まれごとしてたの忘れてました。それ終わったらまた出直すんでそれじゃあ」
「待て待て待て、そんな必要ねぇよ」
入ってきて早々、自分が無言で見られてることに気づいたラントは理由もわからず萎縮する。
そのまま早口で捲し立てたと思ったら凄い速さで入ってきたばかりの扉をくぐって出ていこうとするのでマークが慌てて止める。
「えぇ…?でも、皆さん僕の方をじっと見てたじゃないですか、何かやらかしたんなら僕怒られる前に逃げたいんですけど…なんならそのまま家に帰って布団にくるまってぬくぬくしたいんですけど」
「俺らがお前を見てたのはタイミングが良すぎてびっくりしただけだ。それと、怒られると思ってるのになんで逃げようとするんだよ」
「だって怒られるのって怖いし疲れるじゃないですか。僕怖いの苦手ですし。長時間説教されるなんて耐えられないですもん。まぁ、たとえ短時間でも嫌ですけど。怒られるくらいだったらその前に恥も外聞も投げ捨てて泣き喚いて許しをこう方がマシですね。えぇ。」
「なんでお前はそういう所ばっかり変に潔いんだ?」
「ラントさん、逃げ足すっごく早いもんね。本気で逃げられたらぼくも追いつける気がしないもん」
“あぁ、嫌だ嫌だ”と頭を抱えながら言うラントにマークとアルが苦笑いで答える。
最年少で超難関と言われる傭兵の入団テストに合格したアルでも捕まえられないなんて、ラントの逃げ足は相当早いらしい。
「ん?あれ、よく見たら君ら今日入国してきた人じゃないですか?」
「そうだよ。マリーが困ってたとこを助けてくれたらしいんだ。それに今日からここに泊まってくれるんだって」
「あぁ、なるほど。何となく状況が読めました。…あれ、アルが触れてるなんて珍しくないですか?」
マークの方を向いていたラントの視線が、話しかけたことでアルの方へ移る。碧の腕を掴んだままのアルを見て、碧とアルの事を見ながら驚いているようだった。
その様子は先程のマークと同じ反応で、心当たりのない碧は首を傾げるしかない。
「アル、その坊主は平気なのか?」
「え?あ、本当だ。バチバチならないや…」
「ほぼほぼ初対面で平気なんて珍しいこともあるんですね?もしかしたらマークさんと団長以来なんじゃないですか?」
マークとアル、ラントの3人で話しているが碧にはなんの話しをしているのかさっぱり分からない。
しょぼくれているとマークとラントが何故か慌てた様子で教えてくれた。
アルは魔法適性が高く、その中でもずば抜けて雷属性と相性が良いらしい。
小さい頃にそのせいで捨てられて、オークの巣では食べられる寸前。マークが来るまで食べられずに済んだのはバチバチと自身の体に纏った雷魔法のおかげだった。
触れたら痺れるほどの殺傷性はない物だったが、それを食べるほど醜豚も物好きではなかった。
小さいながらに無我夢中で抵抗した際に発動したようで、引っ込められなくなってしまったらしい。
とは言っても殺傷性はないので、アルに触れると相性の悪いものはバチッときたりするくらいのものらしいのだが。
因みにバチッとくる強度はアルの好感度によっても変わるらしい。慣れたものや好ましいものは静電気程の微弱なもので髪の毛が少し逆立つくらいのもので、嫌いなものや自身に悪意のあるものには手がジーンと痺れるほどの電流が流れる。
その説明をしながらラントがアルに触れるとサラサラした黄髪がパチパチと音を立てながら逆立つ。
話しを聞く限り、今までにアルのそれが全く反応しなかったのがマークと団長、そして碧だけらしい。
「そういう事だからしょぼくれるのはよせ!綺麗な顔したやつがそんな顔してると、なんかこう、罪悪感がすごい!」
「だからマークさんもラントさんも驚いた顔してたんっすねぇ」
「そうなんですよ、まさか団長とマークさん以外にいるとは思ってなかったんで吃驚しました」
「ほんとだ、ぱちぱちするー!」
「わっ!?むいちゃんくすぐったいよ…!」
ラントの話を聞いて碧達が納得していると、いつの間にか近づいてきていたむいがアルの体をペタペタ触りだした。その髪はふわふわと逆立っている。
くすぐったそうに身をよじらせながらアルはなんとかむいから逃げ出そうと碧の周りを走って逃げ回り始めた。
「あっ、アルくんそんな事したら…あぁ、やっぱり」
碧がハッとしたように止めようとするが、むいのパァっと輝いた表情を見て一足遅かったのを悟った。
追いかけっこが大好きなむいに追いかけられ、アルとむいが碧の周りをくるくると回る。
それをフィーと雪と輝璃とラントが楽しそうに見ていて、マークとセラは相変わらずデレデレと顔を緩めているし、マリーに至っては2人で追いかけっこを始めたことが不服らしく、“アルだけむいちゃんと遊んでずるい…”と言いながらアルをジト目で見ている。
それぞれの反応を見た碧はむいのくすぐり攻撃から逃げ続けているアルに、“なんかごめん、頑張れ”と心の中でエールを送った。




