22.宿屋の親子。
「…マリーとマークさん、親子だったんだね」
「でも顔はあんまり似てないんですね?」
「…そう?目とか、似てない?」
ぎゃいぎゃいとじゃれ合うマーク達の方を見ながらどこか納得したように言う輝璃に、雪がポツリと呟く。それを聞いたマークがマリーの頭をぐりぐりと撫でていた手を止め、嬉しそうに破顔する。
「そりゃあ、マリーは嫁さん似だからだな。マリーが生まれた時は俺に似たらどうしようかと思ってたがセラに似てよかったわ」
「奥さんはセラさんって言うんだ?」
「おう!料理も美味くて気配り上手で、俺には勿体ないくらいの嫁さんなんだよ。坊主達もウチに寄ってくんなら飯食ってけよ。マリーの事助けてくれたんだろ?ご馳走するぜ」
「もうお父さん!だから顔が怖いんだってば!傍から見ればミドリさん達をいじめてる風にしか見えないんだからね!」
「だから文句ならジィちゃんに言えって」
「おじいちゃんの顔は怖いけど怖くないもん!」
「なんだそりゃ…若干怖がってるじゃねぇか。いいかマリー、それ絶対ジィちゃんに言うなよ、不貞腐れるからな」
再びじゃれ合い始めた2人を見ていたら、なんだか面白い漫才を見てるような気分になった。
マークもマリーもボケている訳では無いので正確には漫才とは言えないが。
「マリーちゃんとお父さん、仲いいんすねぇ」
「そうだね、なんか楽しそう」
フィーと碧が、マリー達の方を見ながら微笑ましげに見ていると、先程マリーが出てきた宿の入り口の扉がガチャリと音を立てて開いた。
「マリー?帰ってきたならグラシェの仕込み手伝ってくれないかしら?…あら?マークいつ帰ってきたの?」
扉から体半分を覗かせるようにひょっこりとでてきた女性はのんびりとした口調でマリーを呼んだ。
女性にしては背が高く、細身でスタイルがいい。顔はタレ目が特徴的で、おっとりした雰囲気の女性だ。
その顔立ちはマリーに似ている。違いを述べるなら髪色と目だろうか。マリーの黒髪に対して女性はミルクティーブラウンだった。頭からぴょこんとでている熊耳も髪の毛と同じ色だ。マリーはつり目なのに対して女性はタレ目だ。
ただ、その違いを持ってしても、碧達が紹介なしにマリーの母親だとわかるくらい2人はそっくりだった。
「今さっき帰ってきたとこだ。この坊主達がマリーの面倒見てくれたって聞いたから話してたところだ」
「あらそうなの?てっきり私マークがそちらのお兄さん達をいじめてるのだとばかり思ってたのだけど…」
「マリーだけじゃなくセラまで言うか?」
「うふふ、冗談よ」
ガックリと項垂れるマークを見てその女性…セラは楽しそうにコロコロと笑う。
「娘がごめんなさいね?この子しっかりしてそうに見えて抜けてるところがあるから…誰に似たのかしら?」
「セラだな」「お母さんね」
声を揃えて断言する2人にセラが首を傾げながら“あら〜?”と不思議そうにしている。マリーとマークはジト目でセラを見ている。
どうやら思い当たる節が多いらしい。
「私じゃなくてマークじゃないかしら?」
「いやいや、この前なんか服前後ろで間違えて着てたろ?ロイのじいちゃんが驚いてたぞ」
「しかもそれ、お客さんに言われるまで気づかなかったじゃない。その日からお母さんあたしに間違ってないかこっそり確認してくるようになったじゃないの」
「それはたまたま間違えちゃっただけだもの」
「その前は野菜買いに行くとか言って、魚買って帰ってきたよな?」
「その日のメニュー組み直すの大変だったんだからね?野菜売りの露店なんて家のすぐ近くにあるのに、どうしてわざわざ遠くの魚売りの露店まで行き着いちゃったのか不思議で仕方なかったんだけど?」
「…あらら〜?」
頬に手を当て、再び不思議そうに首を傾げるセラに、碧は笑いが堪えきれず吹き出した。
碧が声を出して笑いだしたことでセラの意識がこちらに向く。
「あらあら、ごめんなさいね?マークとマリーがうるさかったでしょう?」
「セラのせいだな」「お母さんのせいよ」
ついさっきのように息を揃えて言う2人に、碧は笑いすぎて力が抜け、ふらつきながら隣に立つ輝璃に凭れ掛かる。
マーク達が少し驚いたように碧をみる。
「なんだぁ?そんなに笑うことか坊主?」
「ミドリさん、笑いすぎて顔赤くなってるよ…?大丈夫?」
「お兄さん、ミドリくんって言うのねぇ」
輝璃がゆっくりポン、ポン、と一定のリズムで、笑いが止まらない碧の背を軽く叩く。
暫くしてやっと笑いが収まった碧は息を整えながらセラに名乗る。
「いきなり笑ってごめんなさい、俺は碧って言います。マリーに家が宿屋だって聞いてついてきたんだけど、まだ部屋って空いてるかな?」
「丁寧にどうもありがとう。2部屋なら空いてるから少し狭くなってしまうけれどそれでもいいなら是非うちに泊まっていってね」
部屋が空いていると聞いて碧達の顔が嬉しそうに緩む。
泊まりたいと伝えるとセラが中に通してくれた。
因みに苗字を伝えなかったのは、ルーティアでは苗字はほとんどの場合、貴族の持つものとされているので下手に伝えて面倒事になるのを避けるためだ。絶対に隠す必要も無いが、できる限り言わないようにしようという考えだ。
建物の中は1階部分が酒場のようになっていてテーブルとイスが沢山並んでいた。
2階に泊まるための部屋がある様だ。
マーク達が獣人国に移り住んできた時に、かなり奮発してこの宿屋を作ったので他の宿屋より綺麗で広く、部屋数も多い。
更に1階部分ではセラが腕によりをかけて作った料理が食べれるのでお客さんが絶えないんだそうだ。
「1階で朝食と夕食はこっちで出すことになってるの、もしも必要ないようだったら教えてねぇ」
「夕方まではセラが仕込みとかで忙しくなるから、基本ここに泊まってる客か、俺の同僚達くらいしか立ち入らねェから静かだと思うが、夜は泊まってる客の他にも下の酒場に客が集まるからちょっとばかし騒がしくなるけど勘弁な」
どうやら夜は1階部分のみ酒場として使われるので宿に泊まらない人でも出入りができるようになるらしい。
返事をしながら頷いていると、セラが思い出したようにのんびりと手を叩く。
「そういえば私、ミドリくん以外のお名前教えて貰ってないのよね?他の子はなんて言うのかしら?」
「あ、私は雪っていいます!」
「…輝璃、です。お世話になります」
「フィーって言うっす」
3人が名前を言い終わっても一向にむいが口を開かない。
マリーと会ってから雪の後ろにずっと隠れたままだ。
「あら?お嬢ちゃんの名前はなんて言うのかしら?」
セラがしゃがんでむいと視線の高さを合わせながらニコニコと笑う。マリーもむいのことが気になるようで、セラの後ろに立ちながらむいの方をじっと見つめている。
雪の服の裾を掴んだままのむいに、フィーが少し困った様な、でもどこか嬉しそうに笑いながらむいの頭を撫でるように軽く叩く。
「むい、緊張するのはわかるっすけど自己紹介は大事っすよ?ね?」
「…む、むいは、むいっていいます。おせわに、なります」
ぎこちなく少し不安そうに名乗るむいに、フィーが娘の成長を喜ぶ親のような顔で微笑む。
するとマリーがむいの方に近寄って行った。
「あのね、あたしはマリーって言うの!仲良くしてね!」
「う、うん…!」
「よかったですねむいちゃん!」
マリーが笑顔で話しかけたことでむいの緊張も少し解れたらしく、雪と3人で仲良く話し始めていた。
「…むい、嬉しそうだね」
「僕らミドリくん達と会うまでほとんどフェンリルのみんなしか知らなかったっすし、むいには歳の近い子が僕以外ほとんどいなかったんでマリーちゃんと仲良くなれるのが嬉しいんだと思うっす」
「嬉しいのはマリーの方も同じだと思うわぁ、あの子ずっとむいちゃんの方をちらちら気にしてたもの」
うふふ、とセラが笑顔を浮かべていると、不意にセラが“あらあら〜”と言いながら急に立ち上がり入口に近づいて行った。
そのままセラがドアノブを掴み扉を開けると、昼間マークと共に居た幼い顔立ちの少年が困ったように眉を下げて立っていた。




