21.しろいたてもの。
フィーとむいの所に戻るため歩き出したまではよかった。
ただ問題なのは、碧が先頭を切って歩いてしまったこと。
碧達が入った裏路地からフィー達が向かった露店は少しだけ離れていて、普通の人だったら小さい子でもすぐ戻れる距離なのだが残念ながら碧は方向音痴。来た道は既に忘れていた。
先頭をきって歩き始めてしまった為、どの道かわからないことも何となく言いづらい。
裏路地から少女がいた場所までは一本道なので難なく出れたが、入口まで出たところで立ち止まる。
左右を見渡すがやはり見覚えはなく似たような建物ばかりが並び人混みに紛れてしまっているのかフィー達の姿も見当たらない。
「…碧、道わかる?」
そう聞かれ、碧は力なく首を振り否定する。
その様子を見た輝璃が碧の頭を優しく撫でる。
「…無理しないで。ゆっくりで、いいよ。迷っても俺等が見つけるから」
「…うん。ありがとう」
“ーー君の脳は、どうやら他の人とは少し違うらしい。”
白い服を着たおじさんにそう言われたのは7歳の時。龍斗達に引き取られてから何週間かたった頃の事だった。
少しの距離でも何度も迷子になってしまう碧のことを心配した龍斗と奈那に連れられてきたのは、真っ白で大きな建物だった。
中に入ると少し独特な、ツンとした匂いがして。
龍斗が白い服を着た女の人達がいる所に行きカードのようなものを渡して何かを話していて、奈那さんと沢山並んでいた椅子に座りながらそれを見ていた。
話し終わった龍斗が戻ってきてから移動した先には、碧と同い年くらいの子や、碧よりもずっと年下の子達がいた。
そこでも沢山あった椅子に碧を真ん中にして座った。
白い服を着た女の人に呼ばれた同い年位の男の子が母親と思われる女の人と中に入って行った。
少し経つと中から少年の泣き声が聞こえてきて少し怖くなったのを覚えている。
碧の様子に気づいた龍斗がひざに乗せて座らせてくれて、驚いて龍斗の顔を見ると龍斗も横に座る奈那さんも優しく笑っていて、怖くて無意識の内に強ばっていた体から力が抜けていくのを感じた。
「小鳥遊さん、小鳥遊 碧さん。中へどうぞ」
龍斗の膝の上で遊んでいると碧の名前が呼ばれた。
まだ呼ばれなれない名前にワンテンポ遅れて気がつく。
急いで立ち上がろうとすると、龍斗が碧を抱えたまま立ち上がった。
「…龍斗?」
「んー?」
「俺、自分で歩けるよ?」
「おー。知ってるぞ?」
急に立ち上がられたので何とか体勢を立て直しながらおずおずと声をかけると龍斗は返事をしながら悪戯っ子のように笑った。
キョトンとしていると奈那さんが口に手を当てくすくすと笑いながら碧の頭を撫でてくる。
「龍くんはねぇ、みぃくんにかまって欲しいだけだからきにしなくていいよ」
「あ、それは言わない約束だろっ」
「そんな約束してないもんねぇ」
龍斗は“碧”と名前で呼んでくれるし、奈那さんは碧の事を“みぃくん”と呼ぶ。
今までは呼ばれることもほとんどなかったので2人に名前を呼ばれると擽ったいような気持ちになる。
まだ慣れないけど、名前を呼んで貰えるのはここに居てもいいよと言ってくれてる様な気がして嬉しかった。
碧を抱き上げたまま歩き、仲良く言い合う2人を見て少し頬が緩む。
女の人が入っていった部屋の中に龍斗に抱かれたまま入ると椅子に降ろされた。
龍斗と奈那さんが碧の隣の椅子に座ると、前に座る白い服のおじさんが喋り出した。
そのおじさんの喋る内容は難しくて、碧にはよくわからなかったけど、龍斗達が真剣に聞いているのはわかったので静かに待った。
その後、おじさんや龍斗達に言われるがまま大きな機械の中に入ったり色んな質問をされた。
質問が終わると、おじさんが碧の方を見ながら少し悲しそうな顔をした。
その後話されたことはやっぱり碧には難しくてわからなかった。
話の内容をちゃんと理解出来たのは中学1年生の時。
あの時龍斗達が連れていってくれたのは病院で、白い服の人は看護師と医者だったのだと理解した。
大きな機械に入れられたのも、沢山質問されたのも、碧の体に異常がないか調べるためだったのだろう。
医者は碧の症状について“異常はない”と、そう言っていた。
“脳自体に異常はみられない。きっとこの子が幼少期に受けた事が影響を及ぼしているんだろう。” と、“こればかりは本人の問題で、時間をかけてゆっくり治していくしかない。”そう言っていた。
碧が覚えられない物は“ 人の顔 ”と“ 道順 ”だった。
人の顔も碧には同じに見えた。と言うよりは、顔がぼんやりとしか見えてなかった。
声は雄弁で、喋り方や声のトーンでその人の表情や感情は案外わかるものだ。
その時の碧は、ほとんど声で覚えている状態でその人が怒っているのか、悲しんでいるのかも声で判断してたと思う。
龍斗達に引き取られるまでの碧の知る世界は小さな部屋で、母と義父だけで形成されていて。“人の顔”と言われても何が違うのか、よくわからなかった。
唯一、母の顔だけはちゃんと見えていたけれど。
“ 人の顔 ”は龍斗と奈那さんと接していくうちにだんだんとわかるようになった。小学校に通い始めたのも大きかったのだろう。顔がハッキリと見えるようになって、名前と顔が一致して覚えられるようになった。
でも“ 道順 ”だけは覚えられなかった。他のことは忘れたりしないのに。それだけが覚えられない。
それ以外だったら1度言われたことや習ったことは忘れたりしなかったのに。
中学生になって輝璃と雪と出会ってからもそれは変わらなくて。
碧は普段行かない場所に行く時は誰かの手を借りないと出かけられなくなった。
龍斗や奈那さん、双子は“碧と出掛ける機会が増えるね”と笑ってくれた。
でも輝璃達も碧がそれを心苦しく思ってるのを知っていた。
だから碧が先に歩いていってしまっても余程のことがない限りは何も言わずその後をついて来てくれる。今もそうだ。
碧に考える時間をくれるし、わからないと言うと教えてくれる。
本当に、いつも助けられてばかりで。だからこそ、碧も強くなって守れるようになりたいと、そう思うのだが。
輝璃の後について行き、フィー達と合流した。
女の子の家は、やはり碧達が探していた宿だったようでその子の家まで案内してもらう。
宿までの道中で話をすると、女の子の名前はマリーと言うようで、頭からは黒くて小さな熊耳がぴょこんと出ている。
マリーも獣人で何十年か前に彼女の両親が他の国から獣人国に渡ってきて宿屋を建てたそうだ。
そこは碧達の世界で言うじゃがいものグラタンが人気メニューらしく、マリーはその材料を買って帰る途中だったらしい。
「あたしのお母さんの作るグラシェは絶品なんだよ!」
「グラシェって言うんだ…食べてみたいな」
「美味しそうですね!」
「うん!ミドリくん達にだったらサービスするよ!あ、あそこがあたしの家だよー」
そういってマリーが指さした先には2階建ての大きな建物だった。
マリーは“ちょっと待っててねー”と言って中に入っていった。
想像してた大きさを優に超えていて、口をぽかんと開けたまま宿を前にして動けないでいると後ろからガッ、と肩を掴まれた。
「お前、そんなとこに立ってたら営業妨害だろうが…って、坊主昼間の?」
「えっ?あ、マークさん?」
聞き覚えのある声に振り返ると門に居た傭兵の1人、マークがいた。ただ昼間と少し違うのは、
「あれ?マークさん、耳…」
「ん?あぁ、仕事中は魔法具で隠してるンだよ。外から来たヤツらは真面目な話しててもどうしても耳に目がいっちまうみたいだからな」
そういいながらマークは自身の頭にある黒い熊耳を指さす。
確かに強面のマークに熊耳があるのは何だかミスマッチで、自然とそちらに目がいってしまう。
「…なんだかちょっとマリーと、似てる、ね?」
「なんだ?マリーの事を知ってんのか?」
「あぁ!ちょっとお父さん!ミドリさん達に絡まないでよ!」
輝璃の言葉にマークが少し驚いたように問いかけると、宿の扉が勢いよくバンッと開きマリーが慌てて出てくる。
「別に絡んではねェよ」
「お父さんは顔怖いんだから!」
「そりゃ遺伝だよ、俺にゃどうしようもないわな」
顔が怖いと言われたマークは困ったように頬をかきながら苦笑した。




