44.最深部にて
不穏な事を言い出したトリスに他の4人は足を止め、一斉に後ろを振り向いてみるが特に変わった様子は無い。
「……誰も居ないけど」
「うーん、それならそれで良いんだけど……さっきからずっと後ろから人の気配を感じるのよね。それから魔力の気配も感じるから、気のせいじゃ無いと思うんだけどなあ……」
妙な気配を感じるトリスに対し、そこまで気になるなら実際に確認してみた方が早いだろう、とリュディガーとジェクトが確認しに行く事になった。
もしかしたら人間じゃなくて魔物の類かも知れないので、2人はそれぞれ油断無く自分の武器に手を掛けつつ様子を窺う事にする。
「油断するなよ」
「分かってる」
ジェクトの忠告にリュディガーが頷いて、今しがた曲がって来たその曲がり角の先を壁に張り付いて慎重に覗き込んでみた。
「誰か居るか?」
「いや……誰も居ない。だが確かに魔力の残骸は感じる。かなり強めの魔力だ」
魔法剣士隊の副隊長を務めているだけあり、ジェクトは魔力の動きや種類に敏感らしい。
恐らく何処かに誰かが隠れているのでは? と考えるが、この洞窟は見ての通り壁に掛けられた多数のランプが、この薄暗い洞窟の中を照らして足元が疎かにならない様にサポートしてくれている。
この多数のランプは騎士団が調査の為に人力で設置した物であり、遺跡が最初に発見された当初はこんな物は付いていなかったのだとジェクトは言う。
そのランプに照らされていないと言う事は、とりあえず今の段階では何も問題は無さそうである。
「誰かが居たと言うのは間違い無いみたいだが、とにかく先に進むぞ」
「分かった」
違和感は拭い切れないが、今は先に進むしか無いと判断してジェクトが再び4人を先導し始める。
この洞窟はそこまで広くないらしいし、奥に進むに従って段々水の流れる音が大きくなって来たので最深部まではもうすぐだろう。
だが、その目的は?
「奥に進むのは良いけど、この先で俺達が見る様な価値がある物があるのか?」
成り行きでここまで来てしまったが、最深部に一体何があるのかを自分の前を進んでいるジェクトに聞いてみるリュディガー。
すると、こんな答えが彼から返って来た。
「ドラゴンが自分の棲み処でどうやって過ごしていたのか、それからドラゴンの大きさをその目で大体推測しておくのも悪くないだろう?」
「はあ……」
別にドラゴンの生態に興味は無いんだけど……と戸惑いつつもリュディガーは仲間の3人と一緒にジェクトに先導されるまま、ようやく最深部に辿り着いた。
そこには円形の湖が存在しており、湖の中央部分には楕円形の陸地があるので恐らくここを拠点にドラゴンが過ごしていたのだろう、と一目見て推測が可能な場所だ。
「ここで過ごしていたらしいな」
「ああ。だが……これを見てみろ」
ジェクトはそう言いながら、リュディガー達に対して自分の足元を指差す。
そこには自分達の足よりも遥かに大きな、それでいて明らかに人間のものでは無い足跡が存在していた。
リュディガーは傭兵の任務で相手にした事があるドラゴンの。
バルドは旅の途中で襲われた事がある野生のドラゴンの。
フェリシテは騎士団の任務で多人数で相手にした経験があるドラゴンの。
トリスは食堂にやって来る兵士部隊員から聞いた事、そして魔物図鑑のイラストでしか見た事の無かったドラゴンの足跡と同じものである。
しかも、ジェクトがここに来る前に言っていた「妙な足跡」の話通り、遥か昔に住んでいたドラゴンがつけたものとは到底思えない様な状態なのが気になる。
「この状態からすると極々最近のものらしいけど……上が吹き抜けになっているからそこからドラゴンがここに入り込んだって事じゃないのかしら?」
足跡を観察していたトリスがそう見当をつけるが、それに答えたのは兄のリュディガーだ。
「いや……ドラゴンは基本的に自分のテリトリーを持っている。それも活発に活動するタイプの魔物だから、普段は陽の当たる屋外にテリトリーを作る筈なんだ。なのにわざわざこんな薄暗くて湿っぽい場所を選んでテリトリーにするなんて……ちょっと変わっている様な気がする」
あくまでも自分の知っている知識からの受け売りでしか無いのだが、そのリュディガーの考察にはジェクトも同意した。
「あんたの言う通り、学者達もその説が1番有力だと話している。まぁ……俺達人間にも色々居る様に、ドラゴンにも物好きな奴とか変わった奴が居るのかも知れないが、人間の言葉が通じないドラゴンの生態なんか俺は詳しくないから良く分からん」
そこで言葉を一旦切って、ジェクトはズボンのポケットから何かを取り出した。
「これを持って行け」
「何だこれは?」
ジェクトがリュディガーに手渡したものは、古びた青いバングルだった。
「これはこの遺跡で発見された物なんだが、既に鑑定も調査も済んでいる。言わばここの出土品だ」
「え? いや……だったら城か何処かで厳重に保管しておくべきなんじゃないのか?」
そもそもこれを自分が持って行ってどうすれば良いんだ? と首を傾げるリュディガーに、ジェクトはその理由を話し始める。




