静かに堕ちていく
第三の犠牲者の遺体は研究棟で発見された。
死因は前の二人と同じ。
身体に異常なし。
脳にも損傷なし。
しかし感情だけが消失していた。
まるで心そのものが抜き取られたように。
残された文字は一つ。
【S】
「ソウマを指しているように見せている。」
アリスは即座に言った。
「だが、あまりにも露骨すぎる。」
ソウマも同意した。
もし犯人が自分なら、わざわざ自分を疑わせる証拠など残さない。
だが問題は別にあった。
第三の犠牲者。
研究員のノア。
彼は死ぬ直前、あるファイルにアクセスしていた。
そのファイル名は――
《ソウマ計画》
「そんな計画は知らない。」
ソウマは顔をしかめた。
アリスが暗号を解除する。
すると画面に現れたのは数百年前の記録だった。
『被験体S』
『感情適応率99.9%』
『ゼロ系列との融合可能性あり』
レイが息を呑む。
「被験体……S?」
さらに記録を読み進める。
すると信じられない文章が現れた。
『被験体Sには偽装記憶を移植済み』
『本人は自然出生した人間と思い込んでいる』
部屋が静まり返った。
「嘘だ。」
ソウマは立ち上がる。
「そんなものは偽造だ。」
だがアリスは何も言わなかった。
彼女の沈黙が逆に不気味だった。
「アリス。」
「何か知っているのか?」
長い沈黙。
やがてアリスは言った。
「私も最近知った。」
「何を。」
「あなたの出生記録が存在しない。」
空気が凍った。
病院の記録。
学校の記録。
戸籍。
DNA登録。
すべては存在する。
だが十三歳以前のデータだけが完全に欠落していた。
まるで途中から作られた人間のように。
その時だった。
研究室の照明が消える。
非常電源に切り替わる。
赤い警告灯だけが点滅する。
そして壁のモニターが一斉に起動した。
映し出されたのは一人の少年。
十歳くらい。
白い病衣を着ている。
ソウマだった。
「な……。」
映像の日付は百八十年前。
ありえない。
少年はカメラを見つめている。
そして言った。
「もし君がこれを見ているなら。」
「計画は失敗したんだね。」
ソウマの声だった。
だがソウマ本人には覚えがない。
「僕は被験体S。」
「ゼロを止めるために作られた。」
「でも問題がある。」
少年の表情が曇る。
「ゼロを止める鍵と。」
「ゼロそのものが。」
「僕の中に同時に存在している。」
映像が途切れる。
誰も言葉を発せなかった。
その瞬間。
ソウマの腕の【-1】の刻印が赤く光り始める。
頭の中に大量の記憶が流れ込む。
知らない研究所。
知らない科学者たち。
そして――
密閉されたカプセル。
その中に眠る人物。
ゼロ・マイナスワンではない。
ゼロでもない。
もう一人のS。
「まさか……。」
アリスの顔色が変わる。
「第四の容疑者。」
誰も考えていなかった可能性。
犯人はソウマでもゼロでもない。
本物の被験体Sがまだ生きている。
そしてその人物は。
事件が起きたすべての現場にいた。
監視カメラにも映らず。
記録にも残らず。
誰の記憶にも残らないまま。
完全な透明人間として。
その時、基地全体に警報が鳴り響いた。
第四の事件発生。
場所は――
ソウマが収容されていた独房。
しかしありえないことに。
独房の中で倒れていたのは。
ソウマ本人だった。
では今ここに立っているソウマは誰なのか。
その謎を残したまま、警報音だけが鳴り続けていた。




