心を壊してなにがしたいのか
東京湾地下都市。
感情喪失者専用病棟。
病室の警報が鳴り響いていた。
「エネルギー反応上昇!」
「制御不能です!」
医師たちが慌てて後退する。
ベッドの上にいた青年がゆっくりと起き上がった。
名はレイ。
二十四歳。
ゼロの犠牲者の一人だった。
だが彼だけは違った。
失われた心の空白から、黄金色の炎が生まれていた。
ソウマが病室へ駆け込む。
レイの瞳は燃えていた。
まるで太陽のように。
「君は何者なんだ?」
レイは静かに答えた。
「わからない。」
「でも、心を奪われた瞬間に聞こえたんだ。」
「まだ終わるなって。」
その頃。
月の裏側。
黒い母船の中でゼロは異変を感じていた。
「ハートファイア……。」
彼の表情が初めて曇る。
感情捕食文明の支配者たちですら沈黙した。
彼らの記録に存在しない力だった。
「人類は予測不能だ。」
ゼロは呟く。
「だから滅ぼさなければならない。」
翌日。
世界中でゼロの分身が一斉に活動を始めた。
ニューヨーク。
ロンドン。
上海。
シドニー。
そして東京。
人々の影から黒い人型が現れる。
分身たちは触れた者の感情を奪い続けた。
街は混乱に包まれる。
ソウマとレイは新宿上空の空中回廊へ向かった。
そこには数百体のゼロの分身が集まっていた。
黒い群れ。
まるで人型の嵐だった。
「来るぞ!」
ソウマが叫ぶ。
次の瞬間。
分身たちが襲いかかった。
レイは目を閉じる。
胸の奥から熱が込み上げる。
怒りではない。
憎しみでもない。
守りたいという願い。
失いたくないという想い。
それらが炎となって爆発した。
黄金の光が夜空を裂く。
分身たちは次々と消滅していく。
だがその瞬間。
ゼロの声が響いた。
「ようやく見つけた。」
空が割れる。
巨大な黒い裂け目が出現する。
その奥から現れたのは、これまでの分身とは比較にならない存在だった。
高さ三百メートル。
漆黒の巨人。
月面母船と直結した究極の端末。
「私はゼロ。」
「そして人類最後の敵。」
巨人の目が赤く輝く。
東京全域の感情エネルギーが吸い上げられ始める。
人々が膝をつく。
笑顔が消える。
涙も消える。
愛さえ消えていく。
レイは震える拳を握った。
しかしハートファイアの光も徐々に弱まっていく。
圧倒的な力の差。
誰もが敗北を予感した。
その時だった。
夜空に青白い光が走る。
宇宙から一隻の船が降下してくる。
その船体には見覚えがあった。
アリスの船だった。
通信が開く。
「ソウマ。」
懐かしい声。
「援軍を連れてきたわ。」
モニターの向こうには、人類とは異なる姿の者たちが並んでいた。
感情捕食文明に滅ぼされた星々の生存者たち。
彼らは長い戦争を生き延びた反乱軍だった。
そしてその中央に立つ人物を見て、ソウマは息を呑む。
その顔は――
自分とまったく同じだった。
「初めまして。」
その男は微笑む。
「別宇宙のソウマだ。」
宇宙戦争は、新たな局面へ突入しようとしていた。




