見えない心が壊されていく
ゼロとの戦いから二週間。
世界各地で異変が続いていた。
だが奇妙なことに、誰もゼロの姿を見ていない。
監視カメラにも映らない。
量子センサーにも反応しない。
それでも犠牲者だけは増えていく。
東京。
地下居住区レベル38。
高校教師の山城ユキは朝、目を覚ました。
目の前には夫がいる。
愛する娘もいる。
しかし何も感じなかった。
胸が空っぽだった。
「おはよう。」
娘が笑う。
ユキは答えられない。
笑顔の意味がわからなかった。
その日の夕方。
彼女は感情喪失症候群として保護された。
また一人、犠牲者が出た。
捜査官ソウマは頭を抱えていた。
「なぜだ……。」
ゼロは姿を消した。
だが被害者は毎日増えている。
しかも今回は以前と違った。
感情だけではない。
記憶まで削られている。
その夜。
ソウマの端末にアリスから通信が入る。
「ゼロは隠れているわけじゃない。」
「どういう意味だ?」
「彼は世界中にいる。」
アリスが映し出したデータ。
そこには無数の光点が並んでいた。
被害者一人につき一つ。
その脳内には微小な量子プログラムが埋め込まれていた。
ゼロ自身の断片。
分身だった。
「感染しているの。」
アリスが言う。
「ゼロは自分をコピーして人々の心の中に潜んでいる。」
「つまり……。」
「世界中がゼロの隠れ家。」
ソウマは息を呑んだ。
その頃。
月の裏側。
黒い母船の内部。
ゼロは静かに地球を見下ろしていた。
巨大な窓の向こうで青い惑星が輝いている。
「順調だ。」
彼の背後には黒い影たち。
感情捕食文明の支配者たちだった。
彼らは言葉を持たない。
ただ膨大な空虚だけが存在していた。
「人類は自ら崩壊する。」
ゼロは微笑む。
「私は何もしない。」
「心を少しずつ削るだけでいい。」
その瞬間。
地球上で新たな犠牲者が生まれる。
警察官。
医師。
音楽家。
子供。
誰もが突然、大切な何かを失っていく。
愛情。
夢。
友情。
希望。
世界から色が消えていった。
だがソウマは知らなかった。
被害者の中に一人だけ異変を起こした人物がいたことを。
感情を失ったはずなのに。
逆に巨大な感情を生み出した者。
怒りでも悲しみでもない。
純粋な闘志。
その男は病室で静かに目を開く。
「ゼロ……。」
拳を握る。
周囲の機械が震え始める。
彼の心から黄金色の光が溢れ出した。
誰も知らない新たな力。
人間が極限状態で覚醒する能力。
その名は――
《ハートファイア》
ゼロですら予測していなかった、人類最後の可能性だった。




