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ハートブレイカー  作者: 諏訪貴信


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パンセ

第七章 ノクス


宇宙は沈黙していた。


二人のソウマ。


希望を選んだ創造者。


希望を捨てた創造者。


《GENESIS》の警告だけが静かに響く。


創造者認証競合。


判定不能。


宇宙管理権限停止。


星々の回転が遅くなる。


時間が不安定になる。


七つの法則も、第八法則ステラも動きを止めていた。


宇宙そのものが判断を保留したのだ。


ノクスは穏やかに笑う。


「見えるか。」


「宇宙は迷っている。」


ソウマは一歩前へ出る。


「お前は何を望む。」


「何も。」


ノクスは即答した。


「私は願いの終着点だ。」


「絶望した者。」


「諦めた者。」


「失った者。」


「彼らの最後の答え。」


その言葉と共に、ノクスの背後に無数の影が現れる。


消えた文明。


滅んだ宇宙。


終焉を迎えた創造者たち。


何兆もの生命の記憶だった。


アリスは息をのむ。


「全部……本当に存在した人たちなの?」


ノクスは静かにうなずく。


「存在した。」


「そして消えた。」


「希望は彼らを救えなかった。」


レイが叫ぶ。


「だからって終わらせていい理由になるか!」


ノクスは怒らない。


ただ悲しそうに微笑む。


「君はまだ若い。」


「失う数が少ない。」


「私も昔は同じことを言った。」


その一言に、レイは言葉を失う。


ラストが静かに立ち上がる。


「その顔をするな。」


ノクスが振り向く。


「私は知っている。」


ラストは言う。


「お前は絶望そのものじゃない。」


「絶望を抱え続けた結果だ。」


ノクスは初めて表情を変えた。


「……さすがだ。」


「最後のソウマ。」


二人の視線が交差する。


それは鏡同士が向き合うような光景だった。


「お前は私か。」


ラストが尋ねる。


ノクスは首を振る。


「違う。」


「私は。」


「お前が救えなかった未来の集合体だ。」


宇宙が震える。


その瞬間、ステラが苦しそうに膝をついた。


「ステラ!」


ソウマが駆け寄る。


銀色の髪が少しずつ黒く染まり始めていた。


エルが青ざめる。


「まずい。」


「何が起きてる!」


「出会いが消されている。」


全員が凍り付く。


ノクスは静かに言う。


「希望は出会いから生まれる。」


「だから私は、まず出会いを終わらせる。」


宇宙の各地で異変が起こる。


星々が孤立する。


文明同士の通信が途絶える。


人々は互いの存在を忘れ始める。


第八法則そのものが侵食されていた。


ステラは震える声で言う。


「ソウマ……。」


「私。」


「消えちゃうかも。」


ソウマは彼女の手を握る。


その時だった。


フィニスが前へ出る。


継承の書が強く輝く。


「それは駄目だ。」


誰も聞いたことのない強い声だった。


終わりの存在だったフィニスが、初めて怒っていた。


ノクスが目を細める。


「継承者。」


「なぜ怒る。」


フィニスは静かに答える。


「終わりは。」


「次へ渡すためにある。」


「奪うためじゃない。」


継承の書が開く。


ページが猛烈な速度でめくられる。


そして新たな一文が刻まれる。


『出会った者たちは、たとえ離れても互いを忘れなかった。』


その瞬間。


宇宙中に張り巡らされた銀色の糸が再び輝き始める。


ステラの髪の黒が消える。


瞳に光が戻る。


ノクスは初めて驚いた表情を浮かべた。


「終わりが……。」


「希望を守るのか。」


フィニスは静かに微笑む。


「違う。」


「希望を守ったんじゃない。」


「約束を守ったんだ。」


その言葉を聞いた瞬間。


ノクスの瞳がわずかに揺れた。


まるで遠い昔、忘れていた記憶が蘇りかけたかのように。


ソウマはその変化を見逃さなかった。


「ノクス。」


「お前にも、約束した誰かがいたんじゃないか。」


宇宙が静まり返る。


ノクスの背後にいた無数の亡霊たち。


その中から、一人の少女の影がゆっくりと現れた。


銀色の髪。


青い瞳。


どこかステラによく似ている。


ノクスの表情が初めて大きく崩れる。


「……やめろ。」


その声は、これまでで最も人間らしかった。


そして誰も知らなかった。


未来喰らいエクリプスの中心にいるノクス自身が、かつてたった一人の少女との約束を守れなかったことから生まれた存在だったことを。


宇宙最大の敵の正体は、宇宙最大の絶望ではなく――


宇宙最大の後悔だった。

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