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ハートブレイカー  作者: 諏訪貴信


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代議制統治論

第四章 終わりの理由


黒い本は、静かに震えていた。


まるで戸惑っているようだった。


ページがひとりでにめくられる。


しかし今度は何も書かれていない。


初めてだった。


終章の書が、次に書く言葉を見失っていた。


ソウマは一歩前へ進む。


「君は誰なんだ。」


静かな問いだった。


責める口調ではない。


知ろうとする声だった。


黒い本から、小さな光が漏れる。


その光はゆっくりと人の姿へ変わっていく。


黒いコートをまとった少年。


年齢はステラと同じくらい。


黒い髪。


灰色の瞳。


どこか寂しそうな表情。


「僕は……。」


少年は少し考えてから答えた。


「名前がない。」


ステラが近づく。


「私と同じ。」


少年は小さくうなずく。


「僕は終わりとして生まれた。」


「だから名前は必要なかった。」


ラストは静かに目を閉じた。


「概念が人格を持ったのか……。」


少年は首を振る。


「違う。」


「人格が消えたあと、概念だけが残った。」


アークが驚く。


「つまり、お前は……。」


「昔は人間だった。」


その一言に、円卓の全員が息をのんだ。


少年は窓の外を見つめる。


「最初の宇宙。」


「最後の日。」


「僕は、その終わりを記録する係だった。」


「終わりを……記録?」


「そう。」


「誰かが記録しなければ。」


「次の宇宙は、同じ失敗を繰り返す。」


ユウが静かにつぶやく。


「だから終章を書いていたのか。」


「うん。」


少年はうなずく。


「でも。」


「いつしか僕は、終わらせることしかできなくなった。」


ステラが少年の手を握る。


「一人だったの?」


少年は初めて笑った。


「うん。」


その笑顔は、とても幼かった。


何億年も孤独だった存在とは思えないほど。


ソウマは白い本を開く。


「君は終わりを書ける。」


「ステラは出会いを生み出せる。」


「だったら。」


「終わりと始まりは、敵じゃない。」


黒い本が静かに光る。


「終わりがあるから。」


ソウマは続ける。


「新しい始まりが生まれる。」


ラストが微笑む。


「やっと、その答えにたどり着いたか。」


ソウマは少年へ向かって右手を差し出した。


「君にも名前を付けたい。」


少年は驚いたように顔を上げる。


「僕に?」


「終わりだけじゃない。」


「新しい始まりへ橋を架ける存在として。」


ソウマはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「フィニス。」


「終わりを意味する言葉。」


「でも、終わるためじゃない。」


「次の物語へつなぐための名前だ。」


少年――フィニスは、その名を静かに繰り返す。


「フィニス……。」


その瞬間。


黒い本の表紙から「終章」の文字が消えた。


代わりに、新しい題名が刻まれる。


『継承の書』


《GENESIS》が、穏やかな声で告げる。


概念更新を確認。


"終焉"を"継承"へ再定義。


宇宙安定率 98.7%。


宇宙の裂け目がゆっくりと閉じていく。


消えかけていた星々も、再び光を取り戻し始めた。


しかし、その時だった。


宇宙の最も遠い場所で、一つの鐘の音が鳴り響く。


一度。


二度。


三度。


誰も聞いたことのない、澄み切った音色。


イヴの表情が変わる。


「……来る。」


ソウマが振り向く。


「何が?」


イヴは星空の向こうを見つめた。


「宇宙には、創造者と観測者だけじゃありません。」


「もう一つ、役割があるんです。」


鐘の音は、さらに大きく響く。


そして宇宙の果てに、一つの巨大な扉がゆっくりと開き始めた。


扉には、ただ一つの紋章だけが刻まれている。


それは時計でも、本でもない。


一枚の、真っ白な羽だった。


イヴはその紋章を見つめ、静かにその名を口にする。


調律者チューナー……。」


宇宙に新たな役割が姿を現そうとしていた。

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