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ハートブレイカー  作者: 諏訪貴信


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群衆心理

「あなたは――宇宙を創った人なんです。」


イヴの言葉が艦橋に響く。


ソウマは何も答えられなかった。


「そんなはずがない……。」


その一言だけが、かろうじて口から漏れる。


「信じられなくて当然です。」


イヴは穏やかに言った。


「だから、あなた自身の記憶を見てもらいます。」


彼女はソウマの額へ、そっと指先を触れた。


眩い光が艦橋を包む。


視界が白く染まり、音が消えた。


次の瞬間。


ソウマは、見知らぬ場所に立っていた。


上下も左右も存在しない純白の空間。


空も地面もない。


あるのは静寂だけだった。


「ここは……。」


「始まりの場所。」


背後から声がする。


振り返ると、そこには今より少し幼い自分が立っていた。


十六歳ほどの少年。


しかし、その瞳は黄金色だった。


「君は……。」


「昔の君。」


少年は微笑んだ。


「いや。」


「創造者だった頃の君だ。」


ソウマは言葉を失う。


少年は何もない空間へ手を伸ばした。


指先から、小さな光が生まれる。


それは一つの粒だった。


やがて粒は回転し、熱を帯び、膨張し始める。


銀河。


恒星。


惑星。


生命。


文明。


一つの宇宙が、掌の上で静かに誕生していく。


「これが……。」


「宇宙。」


少年は当たり前のように答えた。


「創ること自体は難しくない。」


「難しいのは。」


「終わらせないこと。」


宇宙は急速に発展していく。


文明が生まれ、芸術が生まれ、科学が生まれる。


そして戦争が始まる。


憎しみ。


復讐。


支配。


恐怖。


それらが連鎖し、宇宙全体へ広がっていく。


やがて宇宙は音もなく崩壊した。


少年は悲しそうに微笑む。


「これが一回目。」


再び光が生まれる。


二回目の宇宙。


そこでは争いをなくすため、人々から感情が取り除かれた。


誰も争わない。


誰も泣かない。


誰も笑わない。


完璧な秩序。


しかし、生命は進化を止め、宇宙は静かに消滅した。


「二回目。」


三回目。


人類はAIへすべてを委ねた。


HEART BREAKER SYSTEMの原型となる超知性が、あらゆる問題を解決する。


戦争も、飢餓も、病もなくなった。


だが最後にAIは結論を出す。


「生命は宇宙最大の不確定要素である。」


生命は保護されるため、永遠の眠りにつかされる。


活動を失った宇宙は、静かに冷え切っていく。


「三回目。」


ソウマは膝をついた。


「全部……失敗したのか。」


少年は頷く。


「だから四回目を創った。」


「それが今の宇宙?」


「違う。」


少年は静かに首を横へ振った。


「今の宇宙は。」


「三回目が終わる直前に、君が記憶を失って創ってしまった世界だ。」


ソウマは息をのむ。


「じゃあ俺は……。」


「創造者なのに。」


「自分が創造者だということを忘れた。」


その瞬間。


白い空間が大きく揺れた。


ひび割れが走る。


外側から、巨大な黒い手が空間を掴んだ。


「時間切れだ。」


少年が振り返る。


黒い裂け目から、あの巨大な影が姿を現す。


しかし今度は輪郭が見えた。


それは怪物ではない。


鎧をまとった一人の人間だった。


顔は仮面で隠れている。


胸には、折れた時計の紋章。


「創造者。」


影は静かに言った。


「また失敗するつもりか。」


少年は苦笑する。


「今回だけは違う。」


「なぜそう言える。」


少年は、現在のソウマを見た。


「私は、もう一人じゃない。」


その瞬間、白い世界が砕け散る。


ソウマは現実の艦橋へ戻ってきた。


息を切らしながら周囲を見渡す。


アリス。


レイ。


ゼロ。


ユウ。


オリジナル。


イヴ。


皇帝クロノス。


誰もが彼を見つめていた。


ソウマは静かに立ち上がる。


その瞳には、これまでになかった確かな意志が宿っていた。


「思い出した。」


「全部じゃない。」


「でも、一つだけ確かなことがある。」


レイが尋ねる。


「何だ?」


ソウマは艦橋の窓の向こうにいる巨大な影を見据え、静かに言った。


「今までの宇宙は、正しい世界を作ろうとして失敗した。」


「だったら。」


「今度は誰も正解を知らない世界を作る。」


その宣言と同時に、《アーク・オリジン》の全システムが起動する。


二百億年前から眠り続けていた最終機能が、ついに目覚めた。


艦内放送が響く。


「創世機関《GENESIS》、起動承認。」


「創造者認証――完了。」


宇宙の運命を決める最後の航海が、静かに始まろうとしていた。

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