エセー
宇宙を埋め尽くす黒い艦隊。
その数、一万二千隻。
先頭に立つ旗艦は、恒星ほどの大きさを誇っていた。
艦首には折れた時計の針を模した紋章。
それは前宇宙で最も恐れられた文明――
クロノス帝国の象徴だった。
艦橋に重苦しい沈黙が流れる。
レイが小さく息を吐いた。
「……勝てる相手じゃない。」
ユウは静かに首を振る。
「最初から戦うつもりはない。」
「じゃあ逃げるのか?」
「それも違う。」
その時、旗艦から通信回線が開いた。
巨大なホログラムが艦橋中央に映し出される。
黒い軍服をまとった老人。
銀色の長髪。
左目には古い傷跡。
その瞳には、どこか悲しみが宿っていた。
「久しぶりだ。」
老人はオリジナル・ソウマを見つめる。
「裁判長。」
オリジナルは静かに答えた。
「久しぶりだな。」
「皇帝クロノス。」
司令室がざわめく。
帝国皇帝。
前宇宙最後の支配者。
その人物が目の前にいる。
皇帝はソウマへ視線を移した。
「君が未来のソウマか。」
「そうだ。」
「若いな。」
皇帝は穏やかに笑う。
「昔のお前は、もっと頑固だった。」
ソウマは眉をひそめる。
「俺を知っているのか。」
「もちろんだ。」
「私は君に裁かれた。」
全員が息をのむ。
二百億年前。
前宇宙。
クロノス帝国は全宇宙を統一していた。
だが、その力は時間そのものを支配する兵器――
クロノス・エンジンを完成させたことで暴走する。
宇宙は未来を失い、終焉へ向かった。
その時、最高裁判所で判決を下したのが、オリジナル・ソウマだった。
「私は敗れた。」
皇帝は淡々と言う。
「判決は正しかった。」
「では、なぜ戻ってきた。」
オリジナルが尋ねる。
皇帝は窓の外へ目を向けた。
彼方には、宇宙の裂け目がゆっくりと広がっている。
「この宇宙も終わるからだ。」
「何?」
「私は征服しに来たのではない。」
「救いに来た。」
沈黙。
リディアが声を荒らげる。
「そんな話を信じられるか!」
皇帝は否定しなかった。
代わりに一枚の映像を送信する。
それは未来だった。
銀河が崩れていく。
恒星が一斉に消える。
惑星は音もなく砕け、人々は光の粒となって宇宙へ溶けていく。
戦争ではない。
自然災害でもない。
世界そのものが、「存在しなかったこと」になっていた。
アリスの声が震える。
「これ……未来なの?」
ユウが静かにうなずく。
「私も見た。」
皇帝は続ける。
「あと九十七日。」
「宇宙は消える。」
ソウマは一歩前へ出る。
「統合すれば助かるんじゃないのか。」
「助からない。」
皇帝は即答した。
オリジナルが目を閉じる。
「……やはり知っていたか。」
「統合は延命だ。」
皇帝は言う。
「百日が千日になるだけ。」
「いずれ必ず終わる。」
艦橋に重い沈黙が落ちた。
「なら、どうすればいい。」
ソウマは真っすぐ皇帝を見つめる。
皇帝は初めて笑みを消した。
「新しい宇宙を創る。」
誰も言葉を失う。
「前宇宙も、今の宇宙も救えない。」
「だから第三の宇宙を生み出す。」
アークが低く呟く。
「神の領域だ……。」
皇帝は静かに首を振った。
「違う。」
「人類は二度、その選択をしてきた。」
「君たちは、そのことを忘れているだけだ。」
その瞬間、《アーク・オリジン》全体に強烈な衝撃が走った。
警報が鳴り響く。
「未確認重力反応。」
「船内へ侵入者を確認。」
「何だ!」
レイが銃を構える。
艦橋の空間が歪む。
誰もいなかった場所に、一人の少女が現れた。
年齢は十五歳ほど。
白いワンピース。
銀色の長い髪。
そして、左右で色の違う瞳。
右は青。
左は金。
少女は周囲を見渡し、少し困ったように笑った。
「ごめんなさい。」
「転送座標を間違えちゃった。」
皇帝クロノスの表情が初めて大きく変わる。
「まさか……。」
オリジナル・ソウマも目を見開く。
「君が生きていたのか。」
少女はソウマを見つめ、静かに頭を下げた。
「初めまして。」
「私はイヴ。」
「三番目の宇宙から来ました。」
その一言で、誰もが理解した。
これまで語られてきた「前の宇宙」と「今の宇宙」。
その先に、すでに第三の宇宙が存在しているのだと。
そして、その未来から、一人の少女が彼らの前に現れたのである。




