精神分析入門
「この宇宙で、最初の人類だ。」
ユウの言葉に、艦橋の空気が凍りついた。
誰も口を開けない。
その沈黙を破ったのは、第一科学士アークだった。
「……あり得ない。」
「人類の起源は地球だ。」
「四十億年に及ぶ進化の記録も残っている。」
ユウは静かに微笑んだ。
「その記録は本物だ。」
「でも。」
「全部ではない。」
彼は操縦席のコンソールに手を置いた。
朽ちていた艦橋がゆっくりと目を覚ます。
青白い光が走り、天井いっぱいに銀河の立体地図が映し出された。
だが、その銀河は誰も知るものではなかった。
星の配置が違う。
腕の数も違う。
中心核の形も違う。
アリスが震える声で言う。
「この銀河……私たちの銀河系じゃない。」
「そう。」
ユウはうなずいた。
「これは前の宇宙だ。」
「前の……宇宙?」
レイが思わず聞き返す。
「今の宇宙が誕生する前に存在した宇宙。」
「そこで人類は生まれ、文明を築き、そして滅びた。」
リディアが否定する。
「そんな記録はどこにもない!」
「残らないからだ。」
ユウは静かに答えた。
「宇宙が終われば、歴史も終わる。」
艦橋中央に巨大な映像が浮かび上がる。
暗闇。
無数の銀河。
やがて、それらが一つずつ光を失っていく。
最後に残った一つの恒星も静かに消えた。
完全な闇。
「これが宇宙の最期。」
ユウは続ける。
「私たちは、それを《終夜》と呼んでいた。」
「終夜……。」
ソウマはその言葉を繰り返した。
どこかで聞いた記憶がある。
だが思い出せない。
映像が変わる。
闇の中心で、一隻の巨大な船だけが航行を続けていた。
《アーク・オリジン》。
今、自分たちが乗っている船と同じ姿だった。
「この船は避難船じゃない。」
ユウは言う。
「宇宙を越える船だ。」
「宇宙を……越える?」
ゼロが初めて驚きの表情を見せた。
「前の宇宙から。」
「次の宇宙へ。」
「人類の記憶を運ぶための方舟。」
沈黙。
アークは壁に手をついた。
「そんな計画は聞いたことがない。」
「当然だ。」
ユウはアークを見つめる。
「君は計画の第二世代だから。」
「第二世代……?」
「第一世代は私たち。」
「第二世代が十二大科学士。」
「第三世代がソウマ。」
ハートブレイカーが苦く笑う。
「だから私は、どれだけ研究しても答えに届かなかったのか。」
「私たちは。」
ユウは静かに言った。
「誰かが残した宿題を解いていただけだった。」
その時。
艦橋の奥で重い扉が開く音がした。
誰も触れていない。
自動でもない。
まるで船自身が招き入れるようだった。
「来て。」
ユウが歩き始める。
「君たちに見せたいものがある。」
長い通路の先。
巨大な円形の部屋。
そこには十二本の透明なカプセルが並んでいた。
すべて空だ。
しかし、部屋の中央には一つだけ特別なカプセルがあった。
白い布で覆われている。
ユウは布を静かに取り払う。
全員が息をのんだ。
中で眠っていたのは、一人の青年だった。
黒髪。
穏やかな表情。
そして胸元には、見覚えのある銀色のペンダント。
ソウマは思わず後ずさる。
「……そんな。」
眠っていた青年は、自分とまったく同じ顔をしていた。
ユウは静かに告げる。
「紹介しよう。」
「彼が。」
「最初のソウマ。」
「すべての分岐が生まれる前の、オリジナルだ。」
その瞬間、眠っていた青年の瞼がゆっくりと開いた。
黄金色の瞳がソウマを見つめる。
そして、第一声は静かだった。
「やっと会えた。」
「未来の、僕。」
ソウマの鼓動が激しく鳴る。
目の前にいるのは、自分の過去なのか。
それとも、自分がまだ知らない未来なのか。
その答えは、まだ誰にも分からなかった。




