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ハートブレイカー  作者: 諏訪貴信


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表徴の帝国

白紙だった判決書。


その中央に、一滴の黒いインクが落ちた。


しかし、そのインクは誰の名も書かなかった。


ソウマはゆっくりとペンを置く。


「……書けない。」


HEART BREAKER SYSTEMが問いかける。


「理由を述べてください。」


「犯人が一人じゃないからだ。」


ソウマは法廷全体を見渡した。


十二大科学士。


アリス。


ゼロ。


ドクター・ハートブレイカー。


そして観測者X。


「ここにいる全員が、事件の一部だった。」


レイが静かに言う。


「だから全員を有罪にするのか?」


「違う。」


ソウマは首を振った。


「全員を有罪にすれば、誰も責任を負わない。」


沈黙。


「責任は、人数で割れるものじゃない。」


その言葉に、ハートブレイカーが初めて穏やかに笑った。


「……その答えを待っていた。」


ソウマは判決書を閉じる。


「俺は、この裁判をやり直す。」


AIが即座に反応する。


「不可能。」


「証拠は確定しています。」


「証拠は過去だ。」


ソウマは言い切る。


「でも判決は未来を決める。」


Xが静かに目を細める。


「面白い。」


「君は裁判長ではなく、未来の設計者になるつもりか。」


ソウマはうなずいた。


「そうだ。」


彼は判決書の最後のページを開く。


そこには、誰も見たことのない空白の欄があった。


《執行者》


ソウマはそこへ、一つの名前を書いた。


ソウマ


司令室が騒然となる。


「何をしている!」


アークが立ち上がる。


「事件の責任を、自分一人で背負う気か!」


「違う。」


ソウマは静かに答えた。


「責任を背負うんじゃない。」


「終わらせる。」


その瞬間、判決書が青白く輝き始めた。


基地全体が共鳴する。


HEART BREAKER SYSTEMの音声が、初めて感情を宿したように震えた。


「判決内容を確認。」


「自己責任受諾。」


「ハートブレイカー計画……終了。」


二百年間、赤く点滅していた警報灯が消える。


重く閉ざされていた隔壁が、ゆっくりと開いていく。


十二大科学士の端末から、「極秘」の文字が次々と消えていく。


封印されていた記録。


改ざんされた歴史。


失われた名前。


すべてが元の姿を取り戻し始めた。


アリスは涙を浮かべながら、母エレナの映る鏡を見る。


鏡の中のエレナは、優しく微笑んでいた。


「ありがとう、ソウマ。」


「もう、この基地は誰も裁かない。」


エレナの姿は、淡い光となって消えていく。


同時に、HEART BREAKER SYSTEMの表示も静かに消灯した。


観測者Xは懐中時計を開く。


止まっていた針は、今度は規則正しく時を刻んでいた。


午後二時十三分十一秒。


十二秒。


十三秒。


二百年ぶりに、時間が再び動き始める。


「これで終わりか。」


レイが小さくつぶやく。


Xは首を横に振る。


「事件は終わった。」


「だが、物語は終わっていない。」


ソウマが振り返る。


「どういう意味だ。」


Xは法廷の窓の向こうを指差した。


そこには、静かな宇宙が広がっている。


しかし、その暗闇の中で、十二の光点がゆっくりと点滅していた。


アークが息をのむ。


「あれは……救難信号。」


リディアが解析結果を映し出す。


送信者の識別コードは、一つだけ。


「ORIGIN」


ソウマは画面を見つめる。


二百年前に死んだとされる最初の被験者。


そのオリジンから、今まさに救難信号が届いていた。


Xは静かに微笑む。


「本当の始まりは、これからだ。」


その言葉とともに、基地の巨大なゲートが宇宙へ向かって開いた。


ソウマは仲間たちを見渡し、小さくうなずく。


「行こう。」


「二百年前に残された、最後の謎を解くために。」


こうしてハートブレイカー編は幕を閉じ、新たな物語――『ORIGINオリジン編』へと続いていく。

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