野生の思考
鏡の中のソウマだけが笑っていた。
現実のソウマは、一歩後ずさる。
「……誰だ、お前。」
鏡の中の青年は静かに答えた。
「君だ。」
「いや。」
「君だった。」
その瞬間、基地全体が変形を始めた。
壁が左右へ開き、司令室は巨大な円形ホールへと姿を変える。
天井には無数の星々。
床には銀色の法廷紋章。
中央には一つの席。
被告席だった。
HEART BREAKER SYSTEMが静かに告げる。
「最終審理を開始します。」
「事件番号・000001。」
「被告人――ソウマ。」
「ふざけるな!」
レイが叫ぶ。
「証拠もなく裁判を始める気か!」
AIは淡々と答える。
「証拠は二百年間保存されています。」
床が発光する。
無数の記録映像。
ソウマの人生。
幼少期。
学生時代。
ゼロとの戦い。
十二大科学士との出会い。
すべてが立体映像となって浮かぶ。
しかし、一つだけ奇妙な映像があった。
誰も見覚えがない。
白い研究室。
十歳ほどのソウマ。
その前に立つ青年。
黒いコート。
懐中時計。
Xだった。
「質問する。」
Xは幼いソウマに尋ねる。
「心とは何だと思う?」
少年は少し考え、答えた。
「誰かを許したいと思うこと。」
司令室が静まり返る。
Xは微笑んだ。
「不正解だ。」
「では教えてあげよう。」
「心とは。」
「罪を忘れられない能力だ。」
映像が途切れる。
ハートブレイカーが目を閉じた。
「やはり……。」
ソウマは震える声で尋ねた。
「何が、やはりなんです。」
「君は最初の被験者じゃない。」
「最初の裁判官だった。」
その一言に全員が凍り付く。
アークが立ち上がる。
「二百年前。」
「第十三席ではなく、第十四席でもない。」
「もう一つ席があった。」
法廷の最も高い場所。
誰も気付かなかった玉座。
そこに古い文字が刻まれている。
《Judge》
「裁判長席……。」
アリスが呟く。
「そう。」
ハートブレイカーは静かに続ける。
「科学士は研究する者。」
「Xは観測する者。」
「そしてソウマだけが。」
「裁く者だった。」
ソウマの頭に激しい痛みが走る。
封じられていた記憶が崩れ始める。
二百年前。
銀河最高会議。
十三人の科学士。
観測者X。
そして、一人の少年。
その少年が判決を読み上げていた。
「判決。」
「ネメシス計画は危険。」
「全研究を永久凍結。」
しかし、その判決は守られなかった。
一人の科学士が命令を無視した。
ネメシスを完成させた。
そして銀河戦争が始まった。
「だから事件が始まった……。」
ソウマは呟く。
Xは静かにうなずく。
「誰かが判決を破った。」
「その責任を、誰も取らなかった。」
「だから二百年後。」
「君に、もう一度裁いてもらう。」
司令室が静まり返る。
AIが最後の証拠を提示する。
事件現場で採取された、犯人の指紋。
DNA。
脳波。
量子情報。
それらが一人の人物へ収束していく。
だが、その名前を見た全員が息をのんだ。
該当者なし。
レイが叫ぶ。
「そんな馬鹿な!」
「犯人が存在しないだと?」
Xはゆっくり首を横に振る。
「存在しないのではない。」
「犯人は、まだ生まれていない。」
「え……?」
「二百年前に始まった事件は。」
「未来の誰かが完成させることで、初めて成立する。」
ソウマは戦慄する。
今、自分が下す判決。
その選択次第で。
未来の犯人が決まってしまうのだ。
法廷の中央に、一冊の分厚い判決書が現れる。
表紙には、何も書かれていない。
真っ白なまま。
AIの声が響く。
「裁判長ソウマ。」
「判決を。」
ソウマは震える手で、白紙の判決書を開いた。
そこには一行だけ、すでに文字が記されていた。
『有罪となる者の名は、これから書かれる。』
法廷は静まり返る。
誰もが、次にソウマが誰の名を書くのかを見守っていた。




