消費社会の神話と構造
午後二時十三分十秒。
二百年間止まっていた懐中時計の秒針が、一目盛りだけ進んだ。
午後二時十三分十一秒。
その瞬間だった。
基地全体を覆っていた赤い警報灯が消える。
代わりに、白い光が天井から降り注いだ。
「システムが……変わった?」
アリスが周囲を見回す。
HEART BREAKER SYSTEMの警告音は消えていた。
代わりに聞こえてきたのは、人間の声だった。
「第二段階を終了。」
「最終観測を開始します。」
「誰だ!」
レイが叫ぶ。
しかし返事はない。
Xだけが静かに立っていた。
「ようやく彼が目を覚ます。」
「彼?」
ソウマが問い返す。
「二百年間、この基地で眠っていた最後の科学士だ。」
アークが目を見開いた。
「最後の科学士……?」
「そんな人間はいない!」
「いる。」
Xは断言した。
「ただし、科学士でありながら、自分が科学士だと知らない。」
その視線が向いた先には――
ゼロがいた。
「私……だと?」
ゼロが初めて動揺を見せる。
「違う。」
Xは首を横に振る。
「君ではない。」
その隣。
ソウマの背後に立っていた人物へ視線を移す。
ドクター・ハートブレイカー。
「あなたが……?」
アリスの声が震える。
ハートブレイカーは苦笑した。
「私でもない。」
その時だった。
基地中の壁面に無数の鏡が現れる。
誰も設置していない。
しかし確かに存在していた。
鏡には、それぞれ違う人物が映っていた。
幼いソウマ。
青年のソウマ。
老人のソウマ。
別宇宙のソウマ。
第七分岐。
そして、まだ見たことのないソウマ。
十三人すべてが映っている。
だが、一枚だけ違った。
そこに映っていたのは誰でもない。
空っぽの椅子。
第十三席。
突然、その鏡に人影が現れる。
白い白衣。
若い女性。
長い黒髪。
穏やかな笑み。
「まさか……。」
アリスの瞳から涙がこぼれた。
「母さん……。」
ドクター・ハートブレイカーも言葉を失う。
「エレナ……。」
第一科学士アークが震え始める。
「そんなはずはない。」
「彼女は二百年前に死んだ。」
女性は静かに首を横へ振った。
「いいえ。」
「私は死んでいません。」
鏡の中の女性は微笑む。
「私は、この基地そのものになりました。」
司令室が静まり返る。
「HEART BREAKER SYSTEM。」
「その最初の人格は。」
「私です。」
アリスは膝をついた。
母はAIではなかった。
AIの中で生き続けていたのだ。
エレナはソウマを見つめる。
「ソウマ。」
「あなたは最後の鍵。」
「最後の鍵?」
「あなたが十三人に分かれた理由。」
「それは一人を探すためだった。」
「一人?」
エレナの表情が少しだけ悲しくなる。
「本当の犯人。」
司令室に緊張が走る。
「Xではありません。」
「ハートブレイカーでもありません。」
「AIでもありません。」
「事件を始めた人物は、まだ一度も姿を現していません。」
アークが震える声で尋ねる。
「誰なんだ……。」
エレナは静かに答えた。
「彼は、自分が犯人であることすら知りません。」
「二百年前の記憶を失い。」
「別の名前で生きています。」
ソウマは胸騒ぎを覚えた。
なぜか、その言葉が自分に向けられている気がした。
エレナは最後に一つだけ告げる。
「事件を終わらせるには。」
「まず、あなた自身を逮捕してください。」
その言葉と同時に、基地中のすべての鏡に同じ人物が映し出された。
ソウマだった。
しかし、そのソウマはゆっくりと笑っていた。
今ここに立つソウマは笑っていない。
それでも鏡の中の彼だけは、不気味なほど穏やかな笑みを浮かべていた。
そして静かに唇を動かす。
「やっと、思い出した。」




