論理哲学論考
司令室に静寂が満ちる。
誰一人として、第七分岐ソウマが持つ黒い手帳から目を離せなかった。
『ハートブレイカー事件・真相記録』
その題名だけで、二百年にわたる事件の終幕を予感させた。
「開くな。」
意外にも、その言葉を発したのはドクター・ハートブレイカーだった。
「その手帳だけは読んではならない。」
レイが眉をひそめる。
「今さら犯人が止めるのか?」
「違う。」
ハートブレイカーは首を振る。
「犯人だから止めるのではない。」
「被害者だから止めるのだ。」
その一言で空気が変わった。
ソウマは静かに尋ねる。
「あなたは……被害者?」
「そうだ。」
「私は事件を起こした。」
「だが、最初の事件だけは私ではない。」
第七分岐ソウマが黒い手帳を机の上へ置く。
「だから、この手帳は告白ではない。」
「証拠だ。」
アリスは慎重にページをめくる。
すると、最初のページには一行だけ書かれていた。
『この本は犯人が書いたものではない。犯人に書かされたものである。』
「……どういうこと?」
アリスが呟く。
ページをめくる。
そこには十三人の科学士全員の筆跡があった。
アーク。
リディア。
ガウス。
そしてハートブレイカー。
全員が、それぞれ数ページずつを書いている。
だが内容は矛盾していた。
ある者は、
「犯人は第十三科学士だ。」
と書き、
別の者は、
「犯人は人工知能だ。」
と断言する。
さらに別の者は、
「犯人は存在しない。」
と記していた。
「全部、違う証言……。」
レイが顔をしかめる。
ソウマはページを閉じた。
「違う。」
「全部、本当なんだ。」
全員が振り向く。
「犯人が一人だという前提が間違っている。」
アークが静かにうなずく。
「続けろ。」
「事件は殺人事件じゃない。」
「一つの実験なんだ。」
ソウマは床に事件の資料を並べる。
第一の事件。
第二の事件。
第三の事件。
第四の事件。
すべてを時系列に並べた。
「見てくれ。」
「誰一人として、同じ方法で死んでいない。」
エルガは心を失った。
ノアは記憶を失った。
証人は契約によって命を落とした。
別の犠牲者は人格を失った。
「死因が全部違う。」
「つまり。」
「一人の犯人が行った連続殺人じゃない。」
「十三人が、それぞれ一件ずつ事件を起こした。」
司令室が凍りつく。
「十三件で一つの事件を完成させる。」
「それが《ハートブレイカー計画》。」
ハートブレイカーは静かに拍手した。
「正解だ。」
「我々十三人は、一人ずつ罪を背負った。」
「誰一人として全体を知らない。」
「だから、全員が犯人であり、全員が被害者でもある。」
レイは拳を握る。
「そんな計画を誰が命じた!」
沈黙。
誰も答えない。
その時だった。
基地の中央コンピューターが、自動的に最後の記録を再生する。
ノイズ混じりの映像。
日時は二百年前。
会議室。
十三人の科学士が席に着いている。
しかし、その場にはもう一脚、誰も記録していなかった椅子が置かれていた。
椅子は空席だった。
だが、音声だけが残っている。
姿は映らない。
顔もない。
ただ、穏やかな声だけが響く。
「諸君。」
「実験を始めよう。」
アークが青ざめる。
「この声は……。」
ハートブレイカーも仮面の奥で息をのむ。
「ありえない。」
「削除したはずだ。」
ソウマが静かに尋ねる。
「誰なんです?」
返事の代わりに、映像の最後に一つの署名が現れた。
計画責任者
コードネーム《X》
そして、その下に記された一文。
『第十三科学士は存在しない。私は科学士ではないからだ。』
誰も知らなかった。
事件を設計した人物は、第十三科学士ですらなかった。
その人物は十三人全員を動かした「観測者」。
歴史のどこにも名前が残されていない、
十四人目の存在だった。




