リヴァイアサン
「十二大科学士は、十二人ではなかった。」
ドクター・ハートブレイカーの一言で、司令室の空気が凍りつく。
第一科学士アークは静かに目を閉じた。
「……ついに、その話をする時が来たか。」
ソウマは問い詰める。
「説明してください。」
「十二人じゃないなら、何人だったんです?」
アークはゆっくり答えた。
「正式には十三席。」
「しかし、一席だけ存在を消した。」
ホログラムが起動する。
十二脚の椅子が並ぶ円卓。
だが、よく見ると不自然だった。
円卓には十三脚置ける空間がある。
一脚だけが、最初から無かったことにされていた。
「これが"第十三席"だ。」
アークが呟く。
「議事録からも、映像からも、名前からも削除された。」
「誰が?」
レイが尋ねる。
「我々自身が。」
沈黙が落ちた。
リディアが続ける。
「二百年前、第十三席の科学士は、ある理論を発表した。」
『宇宙は一つではない。』
『宇宙は観測者の数だけ分裂する。』
『ならば人間も分裂できる。』
ソウマは息をのむ。
「それが……俺?」
「そう。」
ハートブレイカーがうなずく。
「ソウマ計画とは、人間を複製する実験ではない。」
「一人の人間を、別の可能性へ分岐させる実験だった。」
アリスが震える声で言う。
「だから別宇宙のソウマが存在した……。」
「いや。」
ハートブレイカーは首を横に振る。
「逆だ。」
「君たちは全員、本物のソウマだ。」
司令室が静まり返る。
「別宇宙から来たのではない。」
「二百年前、一人だったソウマが、十三の可能性へ分かれた。」
アークが目を伏せる。
「我々は、その中で最も安定した人格だけを残した。」
「残り十二人は?」
「消した……はずだった。」
その瞬間。
基地全体が激しく揺れた。
人工知能が警告を発する。
「未登録生命反応。」
「十二。」
レイが叫ぶ。
「十二体だと?」
基地の外壁モニターが映し出す。
そこには、白いコートを着た十二人の男が立っていた。
全員が同じ顔。
同じ身長。
同じ表情。
全員がソウマだった。
「ようやく再会できた。」
十二人が同時に口を開く。
声まで完全に一致している。
「俺たちは、お前が切り捨てた可能性だ。」
ソウマの頭に激痛が走る。
見たことのない記憶。
戦争。
研究所。
幼いアリス。
笑うハートブレイカー。
泣いているゼロ。
すべてが流れ込んでくる。
「止めろ……。」
ソウマは膝をつく。
ハートブレイカーは静かに言った。
「始まったな。」
「統合現象だ。」
「十三に分かれた心が、一つへ戻ろうとしている。」
アークの顔から血の気が引く。
「そんなことになれば……。」
「一人の人格では耐えられない。」
「全人類の感情情報を抱えた存在が誕生する。」
その存在は、人間なのか。
AIなのか。
あるいはネメシスを超える新たな生命なのか。
誰にも分からなかった。
その時、一人のソウマが前へ出た。
右目に深い傷がある。
彼だけは他の十一人と少し違っていた。
「俺は第七分岐。」
「二百年間、お前たちを探していた。」
彼は静かに一冊の黒い手帳を取り出す。
表紙には金色の文字が刻まれていた。
『ハートブレイカー事件・真相記録』
「この本には、すべてが書かれている。」
ソウマは手帳を見つめる。
「本当に真相が?」
第七分岐は小さく笑った。
「違う。」
「これは真相じゃない。」
「犯人自身が書いた、告白だ。」
その言葉に、ドクター・ハートブレイカーの表情が初めて揺らいだ。
彼は静かに呟く。
「……その手帳が、まだ残っていたとは。」
司令室の全員が息をのむ。
連続殺人事件は、ついに「誰が犯人か」ではなく、「なぜ犯人は自ら記録を残したのか」という最後の謎へとたどり着こうとしていた。




