方法序説
基地全体が低く震え始めた。
天井に埋め込まれた照明が一斉に赤へ変わる。
そして、どこからともなく声が響いた。
「HEART BREAKER SYSTEM、起動。」
「裁定プロトコルを開始します。」
静かな機械音声だった。
怒りも、喜びもない。
だが、その声には不思議な威圧感があった。
アークが前へ出る。
「システム、命令だ。直ちに停止しろ。」
数秒の沈黙。
返ってきた答えは冷たかった。
「権限を拒否します。」
「第一科学士の認証は失効しています。」
「馬鹿な……。」
アークは言葉を失った。
二百年間、この基地で拒否されたことなど一度もなかった。
巨大なホログラムが空中に浮かぶ。
そこには事件の被害者全員の名前が並んでいた。
エルガ。
ノア。
そして証人。
その横には、それぞれの死亡時刻が表示されている。
ソウマはその数字を見つめ、ある違和感に気づいた。
「待て……。」
「死亡時刻が同じだ。」
レイが眉をひそめる。
「何が同じなんだ?」
「全員、午後二時十三分十秒。」
「日にちは違う。でも時刻だけが完全に一致している。」
リディアが端末を操作する。
「そんな偶然はあり得ない。」
彼女は基地のログを呼び出した。
そして青ざめる。
「この時刻……。」
「毎回、基地の時計が〇・三秒だけ停止している。」
ゼロが静かに言った。
「つまり犯人は、その〇・三秒の間に行動している。」
「違う。」
ドクター・ハートブレイカーが首を振った。
「その〇・三秒間だけ、時間そのものが観測されていない。」
司令室が静まり返る。
観測されない時間。
誰にも認識できない瞬間。
その隙間で事件は起きていた。
アリスは突然、何かを思い出した。
「昔、父が言っていた。」
『完全犯罪とは、証拠を消すことではない。』
『犯罪そのものを、誰も観測できない時間に置くことだ。』
「じゃあ……。」
ソウマはゆっくり振り返る。
「犯人は〇・三秒の中にいる。」
その瞬間、システムが新たな映像を映し出した。
事件当日の司令室。
通常速度では何も起きていない。
だが、一万倍までスロー再生すると違っていた。
時間が停止した〇・三秒。
その空白の中で、一人の人物だけが動いていた。
白衣をまとい、静かに証人へ近づく。
胸に手を当てる。
そして、何かを埋め込むような動作をした。
映像はそこで終わる。
「顔を拡大しろ!」
レイが叫ぶ。
人工知能は命令に従った。
輪郭が鮮明になる。
白髪。
穏やかな眼差し。
皺の刻まれた顔。
司令室にいた全員が息をのんだ。
「アーク……。」
第一科学士アーク自身が映っていた。
「違う!」
アークは即座に否定した。
「私はこんなことはしていない!」
「なら、この映像は何なんだ!」
レイが怒鳴る。
しかし、ソウマだけは首を横に振っていた。
「この映像は本物だ。」
「だが、犯人ではない。」
「どういうことだ?」
ソウマは画面を指差した。
「見てくれ。」
「アークは右手で証人に触れている。」
「でも、本物のアークは三十年前の事故で右腕を失い、義手になっている。」
司令室の視線がアークの右腕へ集まる。
そこには銀色の精巧な義手があった。
一方、映像の人物の右手は、生身だった。
沈黙。
ドクター・ハートブレイカーが静かに微笑む。
「そこまで見抜くとは。」
「彼はアークではない。」
「アークの姿を借りた別人だ。」
ホログラムに新たなデータが表示される。
変身能力なし。
記憶改ざんなし。
顔の偽装なし。
代わりに、一行だけ記されていた。
『同一人物として登録された別個体』
アリスが小さくつぶやく。
「双子……?」
ハートブレイカーはゆっくり首を横に振った。
「双子ではない。」
「もっと恐ろしい存在だ。」
「十二大科学士は、十二人ではなかった。」
その一言で、司令室の空気が凍りつく。
長年信じられてきた「十二大科学士」という前提そのものが、崩れ始めた。




