存在と時間
「全員、その場から動くな。」
ソウマの声が司令室に響いた。
証人は死んだ。
しかも全員が見ている前で。
誰一人、犯人が動いた様子はない。
完全な密室。
完全な監視。
それでも、人は殺された。
レイが苛立ったように言う。
「超能力か?」
「ネメシスの力か?」
ソウマは首を振った。
「違う。」
「もしネメシスが犯人なら、わざわざ『A』なんて文字は残させない。」
アリスは床に残された文字を見つめる。
「つまり……犯人は、この文字が残ることを想定していなかった?」
「そうだ。」
ソウマは証人の遺体を調べ始めた。
胸を貫いた黒い光。
しかし傷口には熱で焼かれた痕跡も、刃物で切られた痕跡もない。
「これは攻撃じゃない。」
彼は静かに言った。
「内部から崩壊している。」
第一科学士アークが目を細める。
「心臓が爆発したのではない。」
「心そのものが崩壊した……。」
その一言で、ソウマの中の何かがつながった。
「心……。」
彼は過去の事件資料を並べる。
エルガ。
ノア。
第三の犠牲者。
証人。
四人に共通するもの。
それは場所でも時間でもなかった。
全員が、死ぬ直前に
"真実へ近づいていた"。
「犯人は人を殺しているんじゃない。」
ソウマは皆を見渡した。
「真実を知った者だけを消している。」
静まり返る司令室。
その時、ゼロが初めて口を開いた。
「ならば、犯人は知識そのものを監視している。」
「その通りだ。」
ソウマはうなずいた。
「証人は『最初の殺人』を口にしようとした瞬間に死んだ。」
「つまり、あらかじめ身体に仕掛けがあったんだ。」
リディアが目を見開く。
「量子認証型の封印……!」
ハートブレイカーが小さく拍手した。
「見事だ。」
「ようやく事件の半分にたどり着いた。」
「半分?」
ソウマは鋭く問い返す。
「そう。」
ハートブレイカーは穏やかに答えた。
「彼は殺されたのではない。」
「"契約"を破ったのだ。」
「契約……?」
「二百年前、第十三科学士の研究所では、ある技術が完成していた。」
「真実を口にした瞬間、自らの心が崩壊する量子契約。」
誰も息をしなかった。
つまり証人は、
犯人に殺されたのではない。
自らの口で、自らを死へ追いやったのだ。
「では、事件は殺人ではないのか?」
レイが問う。
ソウマは首を横に振る。
「違う。」
「契約を結ばせた者がいる。」
その瞬間だった。
基地のAIが警告を発する。
「未登録データを検出。」
「第十三研究区画へのアクセスを確認。」
「そんな区画は封鎖したはずだ!」
アークが叫ぶ。
全員が地下へ走る。
厚い隔壁が開き、百年以上封印されていた研究室が姿を現す。
埃一つ積もっていない。
まるで、昨日まで誰かが使っていたようだった。
部屋の中央には、一脚の椅子。
その上には、一冊の古びたノートだけが置かれていた。
表紙には、たった一行。
『犯人は、この本を最初に開いた者である。』
ソウマの手が止まる。
誰も本に触れていない。
それでも、全員が同じことを考えていた。
もし開けば、真実が分かるかもしれない。
だが、その瞬間に新たな契約が始まる可能性もある。
静寂の中、ソウマはゆっくりと本へ手を伸ばした。
その背後で、誰かが小さく笑った。
しかし振り返っても、誰も笑ってはいなかった。




