第 1 章 地下街
地下街 3
地下街に来てどれくらい経ったのか。ユラはもう数えてなかった。
夜に働いて、昼近くまで寝る。
起きたらまた、地下街へ下りる。
その繰返しだった。
地下街は朝も夜も灯りが揺れている。
時々、今何時なのかわからなくなる。
ある夜 鴉樽が珍しく静かだった。
雨が降っていたからだ。
客も少ない
ヴィクはカウンターで煙草を咥えながら、ぼんやりと帳簿を見ている。
ミナは長椅子に寝転がりキセルを弄ってた。
「暇」
「雨だし」
「雨の日の男嫌い」
「何で?」
「しけてる」
ユラは吹き出した。
ミナがキセルに火をつける
「ユラ」
「何」
「最近馴れてきた」
「何が」
「地下街の顔」
「そんなのあるの?」
「ある」
ミナは煙を吐きながら
「最初は皆、上ばっかり見て歩く」
「……」
「最近のあんた、ちゃんと前見てる」
ユラは何もいいかえせなかった。
自覚があったからだ。
地下街の歩き方を覚え始めていた。
目を合わせちゃいけない相手。
揉め事の避けかた。酔っぱらいの躱しかた。
奥へ呼ばれる時の空気。
全部少しずつ慣れてきている。
その時だった。下で怒鳴り声が響く。
「だから払ってるだろ!」
「足りねーってんだよ!」
ヴィクが面倒くさそうに顔を上げた。
「またか」
ミナが舌打ちする。
「酔っぱらいって何で毎回同じ揉めかたすんのよ」
ヴィクは立ち上がりながらユラをみた
「お前、奥居ろ」
「別に平気」
「平気そうだからいってんの」
そう言って階段を下りていく。
下から鈍い音がした。
「うわっ」ミナが、顔をしかめる。
「椅子投げたな、あれ」
「止めなくていいの?」
「ヴィク慣れてる。地下街歴長いから」
その通りだった。
暫くすると、ヴィクが酔っぱらいの襟首を掴んで戻ってくる。
「だから、店の中で暴れんなって」
「離せ!」「嫌だ」
酔っぱらいが暴れる。ヴィクはため息をを吐いた。
「ユラ警邏呼んで」
ユラは固まる
警邏
その言葉だけで胸がざわめいた。
「あー………俺が行く」
ユラは黙ったままヴィクを見た
ヴィクはそれ以上何も聞かなかった。多分わかったのだ。
ユラが警邏を怖がっていることを。
地下街の人間は時々そういう所だけ
妙に察しがいい
ここまで読んでいただきありがとうございます。
実はこの作品を書いている途中で、完結まで約30話分の原稿が消えました。
『橙の帳と消えた国』も、『消えたもの』も、失われることをテーマにした物語です。
まさか作者自身が原稿を失うとは思っていませんでした。
ユラ「また消えたの?」
ミナ「再編じゃなくて管理不足」
ユラ「厳しくない?」
ミナ「事実」
現在、紙のノートを発掘しながら復旧作業中です。
続きは見つかり次第、お届けします。




