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橙の帷と消えた国  作者: T.M
22/31

第2章 アルヴァ塔 11

アルヴァ 11


月に1度の市街許可日


一緒だった少女は気がつけば居なくなっていた。

探すきもなかった。


1人で王都を歩いていた。


人通りの多い通りを抜け、石段の見える路地へ入る。

そこで足が止まった。


石段の下から懐かしい音が聞こえる。


笑い声

酒場のざわめき

誰かの怒鳴り声


アルヴァとは違う音だった。

ユラは石段を見下ろす。


戻りたい。

戻りたくない。


胸の奥が落ち着かなかった。

地下街は禁止区域だ。わかってる。

それでも足は勝手に石段を降りていた。


相変わらず薄暗い。


赤灯

湿った空気

煙草と酒の臭い


全部変わってない。

なのに狭く感じた。

ユラは立ち止まる。


前はここしか知らなかった。

今は違う。

それが、妙に落ち着かなかった。


奥から怒鳴り声が聞こえる。

「だからなんで壊すんだよ!!」

ヴィクの声だ。変わってない。

思わず吹き出しそうになる。

酔っぱらいが転がり出てきた。

その後ろからヴィクが疲れきった顔で出てくる。

「あーもう…」

「………」

「………」

「……は?」

ヴィクは煙草を持ったまま固まってた。

「何でいんの」

「通ったから」

「通るな」

ユラの口元が緩む。

「お前なぁ……」

複雑な顔だった。

その時、酒場の奥からミナの声がした。

「ヴィクー樽倒れたー」「マジかよ、嘘だろ…」「ホントー」「はぁ…」

「お前も来る?」

「何で?」

「片付け」

「嫌」

「だろうな……」


この空気は変わらない。

騒がしくて、雑で、煙草臭い。

それなのに嫌じゃなかった。


結局手伝わされた。


「何で私まで…」

「そこに居たから?」

「………」


倒れた樽、割れた瓶、酒の匂いが充満している。

ここは、相変わらず騒がしい。

ヴィクはモップに寄りかかり、煙草をくわえる。

「アルヴァどうなん?」「普通」「普通ってなんだよ」「だから普通」


ミナは椅子に座ったまま全く動く気がない。

「手伝えよ」「イヤー」

「………」

思わず吹き出した。


前ならこんな空気の中に居ると落ち着いた。

今は何処か変な感じがする。

ここは変わってない。

変わったのは多分、自分。

「お前変わったな」

「そう?」

「前より死にそうじゃねぇ」

「失礼な」

「前は野良猫だったしねー」

「それ流行ってるの?」

「ログさんも言いそう」


ここは温かい。

煙草臭い。

騒がしい。


でも、アルヴァに戻る時間を考えている自分がいた。時計を気にするユラを見て

「帰んのか」

「門閉まるし」

「まじめー」

「うるさい」

「アルヴァこえー?」

「怖くない」

「ログさんこえー?」

「ちょと怖い」 

ヴィクが吹き出す。ミナまで笑った。

「なにそれ」

「なんかわかるー」

「………」


酒場の奥ではまた誰かがもめている。

怒鳴り声

笑い声

割れる音

地下街は何時も通りだ。


嫌じゃない。でも、ずっとここに居たい訳でもなかった。



石段を上がった時には外はもう暗くなりかけていた。

地下街の酒臭さが、まだ服に残ってる気がした。


王都の通りに戻ると昼間より人が減っていた。

遠くで鐘の音が鳴った。門限が近い。急ごうとした時、

「おい」

ログの声がした。

壁に寄りかかり、煙草をくわえていた。

「………」

「………」

「何でいんの?」

「それ、こっちのセリフ」

ログの視線がユラから奥の方へ向く。

何も言わないが、きっと全部わかっている。

ユラは顔を背けた。


「教官怒ってる?」

「まだ」

「まだ?」

「今から」

「………」

「一緒だったやつは?」

「気付いたら居なくなっていた」

「ふーん」

階段の下のざわめきが、微かに聞こえた。

「戻りたかった?」

戻りたかった。でも、戻りたくなかった。

地下街は温かい。安心する。

でも、ずっとあそこに居る自分を想像出来なかった。

「………わかんない」

ログは小さく頷く。

「まぁ、戻ってきたなら良い」

「怒らないの?」

「レイスが怒る」

「嫌だな…」

「頑張れ」

何時も通り他人事だった。

「顔戻ったな」

「何それ」

「地下街の顔してた」

「?」

鐘の音がもう一度なる。ログが歩き出す。

「帰るぞ」


ユラは地下道の入口を振り返った。

赤い灯が石段の奥で揺れている。

小さく息を吐き出して歩きだした。

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