第 1 章 地下街
地下街 1
家出した日の事を、あまり覚えていない。
大きな理由があった訳じゃない。
積もっただけだ。息苦しさ、視線、沈黙。"ここに居るべきじゃない"見たいな空気。
それを毎日飲み込んでいたら、ある日急に限界がきた。
気がついた時には、乗り合い馬車に乗っていた。
雪混じりの夜だった。窓が曇っている。
向かいの席では酔っぱらいが寝ている。御者の怒鳴り声が時々外から聞こえる。
ユラは膝の上の鞄を抱えたまま、ぼんやり窓を見ていた。
帰る場所がない。
でも、戻る気もしなかった。
馬車が止まる 王都東地区。
地下街へ続く階段の前だった。
石段の下から湿った熱気が上がってくる。
酒
煙草
人
地下街は冬でも妙に暖かい
ユラは階段を降りる
夜灯が赤く揺れている
客引き 笑い声 怒鳴り声
誰も他人に興味がない。
それが少し楽だった。
路地を歩いていると、男が声を掛けてくる。
「嬢ちゃん、1人?」
無視する。
「寒ぃだろ、飯でもどう?」
別の男
腕を捕まれそうになり、反射的に振り払う。
「触んな」
男が舌打ちした
「気ぃつえーな」
怖くなかった訳じゃない
でも、祖父母の屋敷に戻るよりは、まだましだった。
地下街の夜は長い
最初の数日は安宿を転々とした。
狭い部屋
薄い毛布
壁の向こうの笑い声
殆ど眠れなかった
お金は減っていく
どうすれば良いのかも分からない
ある夜
ユラは地下街の片隅にある伝声函へ入った。狭い函
壁にはチラシが何枚も貼られている
"酒場侍女募集"
"宿舎あり"
"食事付き"
1枚はがした
暫く見つめた後、半分投げやりに硬貨をいれた。
やがて男の声が響く
"はいよ"
気の抜ける声だった。
"もしもーし"
「…求人見ました」
"あー、今どこ?"
「東地区」
"ゼン。わかる?"
「茶屋?」"そこで待ってる"
通話はすぐ切れた
茶屋ゼンは、地下街にしては明るかった。
赤い灯、古い机、煙草、煮込みの匂い。
その隅で男が手を上げる「こっち」
20代位、眠そうな目、煙草臭い外套
男はユラを見るなり言った。
「歳は?」「18」嘘ついた
男は、ふーんとだけ返す。追及もしない。そのまま店員に声をかけた。
「サンドパン2つ」
暫くして皿がくる。
男は1口かじった瞬間、嫌そうな顔をした。
「うわ…グルケ入ってる…俺、苦手」
男は半分よこす。
ユラは1口食べた瞬間、昨日からまともに食べていなかったことを思い出した。
男は煙草に火をつけた
「名前」
「ユラ」
「俺、ヴィク」
煙草の煙が赤い灯のしたで揺れていた。
その夜ユラは久しぶりに安心して眠れた。




