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橙の帷と消えた国  作者: T.M
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序章 長い冬の朝


ネモラ王国の冬は長い


朝になっても空は薄暗く窓ガラスは白く曇っていた。


ユラは毛布に顔を埋めたまま、廊下の音を聞いている。


祖母の足音


かたい


急いでもいないのに、何故か急かされる音だった。


「ユラ」


扉の向こうから声がする。


「起きてるの?」


暫く黙っていると祖母が小さくため息を吐く


「……朝食が冷めますよ」


足音が遠ざかる。


ユラはようやく毛布から顔を出した。

寒い。ネモラの冬は嫌いだ。

昔はそうでもなかった気がする。

まだ父と暮らしていた頃は。

小さな部屋だった。でも、暖かかった。

古い石造りの集合住宅

狭い台所

父の煙草

夜更けのスープの匂い


ユラはぼんやり天井を見る

最近、昔の事ばかり思い出す


ベッドから降り、制服に袖を通す。


祖母の屋敷は広かった。無駄に広い。

だから余計に寒い。


食堂に入ると祖父が新聞を読んでいた。

祖母は無言で湯気の立つ皿を置く

麦粥、根菜の煮込み、野菜の酢漬け。祖父母の家の朝食はいつも似たような物だった。


静かだった

食器の音だけ


ユラは席に座る

祖父は新聞から目を離さない

祖母は窓の外を見ている

誰も喋らない


昔、父と2人だった頃は違った

父はよく喋る人ではなかったけれど、沈黙は苦じゃなかった。

食事後、煙草を吸いながらたまに思い出したように話す。

「今日、幼年舎どうだった?」とか「転んだのか?」とか。

でもユラにはそれくらいで十分だった。


幼年舎で皆が『パパ』と呼ぶので、ある日ユラも真似したことがある。

「パパ」

父は盛大に顔をしかめた

ユラはビックリして固まる


父は数秒黙ってから、煙草を灰皿に押し付け

『……お父さんでいい』

「ダメだった?」

『ダメじゃない』

父は困った顔をする。

『何か慣れない…』

ユラはよく分からないまま頷いた

次の日からまた「お父さん」に戻した。

 

祖父が新聞を畳む音でユラは現実に戻った


「学園は?」低い声。


「普通」 「普通とは何です」

「……」

祖母が眉を寄せた


ユラは慌てて麦粥を口に入れる


昔から説明するのが苦手だった。


学園は嫌だった。でも、何が嫌なのか上手く言えない。

周りの子達は皆どこか繋がっていた。

幼い頃から同じ地区、同じ幼年舎、家族同士も知り合い。でも、ユラだけ何処にも繋がってない。

その感覚だけがずっとあった。


教室に入る。いつもの声。

「昨日さー」「うそ!」「で、あそこの店が...」

皆当たり前に喋る


ユラは座った。窓際、冬空が見える。

前の席の子が振り向く。

「ユラ」「…なに?」「今日、帰りに下町行かない?皆で遊ぶの」


ユラは少し迷う

祖母は嫌がるだろう

でも

「行く」

「やった!」

少女の笑顔を見ながら少し不思議に思った。


"帰りたくない"と思ったのは

何時からだったろう。

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