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20 援護射撃は過剰なくらいに

「今日集まってもらったのは他でもない」

 もはや馴染みの店となった新宿駅近くにあるカフェでは、一卵性双生児の姉妹に、ショートカットで長身の女が向かい合って座っていた。

「このところね、ウチの妹がもどかしいと言うか、あからさまに色ボケ状態になってるの。そちらのお兄ちゃんはどうかしら」

「隊長、ウチのお兄ちゃんもヤバいっす。時折スマホ見てガラにも無くニヤけてて、『何してんの』って聞いても『何でもねぇよ』って答えるんすけど、あれはもうあからさまに恋しちゃってるっす」

「よし、じゃあ今のところあの二人は両片思いというヤツね」

「そっすね。間違いないっす。おねーさんの様子、具体的にどんな感じっすか?」

 亜美と真美は相変わらず全く同じタイミングで大きく頷いて、目の前に置かれたミルクレープにフォークを入れる。

「あの子ねぇ……まぁ多分男の子を好きになったのも初めてだと思うのよ。手作り弁当渡して毎回完食からの『えへへへぇ……あのね、森林さんが竜田揚げも美味しいって言ってくれた』なんていう中学生みたいなノロケ電話してくるあたり、すでに完落ちね」

「……お、おねーさんヤバいっすね……」

「もうヤバいのよ。こないだお昼一緒に行ったときも散々ノロケたんだけどね……瞳孔ハートマークってのはああいうのを言うんだろうなーって。いやぁ、あの子が恋するとあんなになるんだって、初めて思い知ったかも」

「おねーさん、男を好きになったの初めてって……女子校出身すか?」

「いや、普通に公立の共学なんだけどね。ほら、あの子対人スキルどん底じゃない? 引っ込み思案で大人しくて自分から話しかけられなくって臆病で内気でコミュ障で自己評価までドン底で」

「あー、わかるっす……おねーさん、とりあえず謝って我慢するタイプっすよね」

「そうそう、それなの」

 美幸は成人してからはかなりマシになったものの、現在も人間関係の構築が極端なくらいに苦手である。

 小学生の頃には近所の友達が二人いたものの、大抵は友人二人の後ろをついていくのが常で、自分から『遊ぼう』と誘った事はない。

「自分が遊びに誘ったところで、楽しんでもらえなかったらどうしよう、嫌われちゃうんじゃないか、って考えちゃうの」

「あー、内気な真面目ちゃんあるあるっすね」

「そうそう。遊び行っておいで、って言っても『私が楽しくても、みんなはつまんないかもしれない』って引っ込めちゃうの」

「それ重症っすね」

「そうなの。でね?」

 美貴は身を乗りだして、二人の女子大生に顔を近づける。

「私ね、妹に幸せになって欲しいの。それに、あなた達のお兄さんみたいな真面目な人には、ちゃんと幸せになってほしいのよ。今って真面目な人にとっては生きづらいと思うの。でもね、私は人のことを気遣えて、真面目に生きてる人が幸せになれないのは間違ってると思う。綺麗事だとは思うよ? 世の中そんな単純じゃないし、綺麗事だけが通じる世の中じゃないってのも知ってる。だからこそね、あの真面目で焦れったい二人は、何が何でも幸せになんなきゃダメだと思うの」

「「マジそれっす」」

 亜美と真美は、いつも通り完璧なタイミングで頷いた。

 亜美真美の二人は、兄の不器用さをイヤというほど目の当たりにしていた。

 不正を許せず、『こうあるべき』という理想を追い求めるあまり周囲と衝突することもある。

 開発部という花形部署から左遷される事になっても一切構わず、『あんな品質のシステムをリリースする時点で、技術者としての誇りが無いとしか思えん』『致命的でないバグならまだしも、データ欠損が起きるようなバグを放置するとか、俺は許せん』と語り、最後には『あんなクソ上司の下でシステム開発なんてやってられっか。裏方でも窓際でも、あのクソの下にいるより果てしなくマシだわ』と全く容赦ないセリフを口走る始末だ。

 姉妹二人ともに『コミュ力(りょく)オバケ』と異名を取る亜美と真美の目には、兄の姿は誠実だが不器用で損をするタイプにしか見えない。

 子供の頃からそれは全く変わらない。二人の記憶にある限り、兄はずっと『不器用で損ばっかりするクソ真面目な兄』であり続けている。

 数年前まで付き合っていたという女とも、その真面目さが原因で別れたようなものだ。

「ウチのお兄ちゃん、真面目でクッソ重いんすけど、私らから見てもいい物件だと思うんすよ。ただニーズがないだけで」

「そうなの。ウチの子もそうなのよ。いい子だと思うんだけどね」

「大姉さん、これはもうあの二人、くっつけるしかないっすよ」

「でしょ? そうよね? やっぱそう思うよね?」

「思うっす。でも、お兄ちゃんとおねーさんだと……二人のペースに任せてたら10年くらいかかんないっすかね」

「10年でくっつけば早い方だと思う……というワケでだ。二人にも協力をお願いしたいの。あの二人を何とかくっつけるための援護射撃を」

 亜美は自信満々な表情で大きく頷き、真美は不敵な笑みを浮かべ始める。

「大姉さん、任せてください。私らこう見えて中学生んときから何組もくっつけてきたんで」

「お兄ちゃんの好み情報、大姉さんに横流ししますよ」

「好きな食べ物に好みのタイプ、お気に入りのスポットからオキニのエロビデオまで把握済みっす」

「お兄ちゃん、エロビデオのオキニ女優さんは全員が黒髪清楚メガネがベースで、メイド服とかジャージとかの地味系が好みなんすよ。おねーさんは多分っすけど、どストライク間違いないっすね」

「よしよし、ナイス情報。今度コスプレさせるか。難しいのは美幸なのよね、あの子今まで恋愛経験ゼロだから、どんな男がタイプとかあんまわかんないのよ。でもまぁあの子がべた惚れなのは間違いないから、ちょっと押せば落ちるはずよね」

 喫茶店の3人の会話は全く止まることもなく、凄まじい勢いで作戦会議は続く。

 まさか自らの姉と妹たちが影でそんな策略を巡らせていると夢にも思っていない2人は、ごく近い新宿の東急ハンズを訪れていた。

「あっ、ありました。良かったぁ」

 美幸は文房具フロアで万年筆用のインクを物色し、何故か幸一がその買い物についてきている。

 二人ともに新たな職場、株式会社シンセリティへの就職が決まっているものの、勤務開始日まで1ヶ月ほど空白期間が出来たため、ちょくちょくこうして2人で出かけるようになっている。

 周囲から見れば『もう付き合ってるよね』という状態ではあるのだが、いかんせん当人同士が2人そろって真面目で奥手なため、未だに仲のいい同僚という認識だ。

「そのインクが良いの?」

「はい、このインク、ちょっと青みがかった色で好きなんです。あっ、これ限定版の万年筆だ……いいなぁ……でも高いなぁ……」

「大草さん、ホントに文房具好きだね」

「あ、はい……すみません……」

「いや、今のどこにも謝るとこ無いよ」

 苦笑しながら幸一も珍しそうにペンが展示されている棚を眺める。

 ペリカン、セーラー、モンブランといった幸一でも名前を聞いたことくらいはあるような有名メーカーから『知る人ぞ知る』海外メーカーのペンも多く展示している。

「へぇ、やっぱ高いなぁ」

「そうですね。良いペンだとやっぱり結構なお値段になっちゃいます。私が使ってるのも、そんなに高くないペンなんです」

「なるほどなぁ……万年筆って使ったことないけど、使いやすいものなの?」

「はい! ボールペンと比べるとすごく書きやすいです!」

 突然、美幸が振り返って目を見開いて幸一を見上げる。

「万年筆って、筆圧が必要ないんです! 確か、えっと……ナントカ現象っていうのの効果でインクが出てきて、それで紙に物を書けるんですけど、あの、えっと、何でしたっけ、水とかインクが狭いところを通るアレなんですけど……」

「毛細管現象?」

「そう! それです! その毛細管現象を使ったペンで、本当に紙をなぞる程度の力で書けるから、とっても楽に書けるんです! あと、インクの出方とかペンを動かす速度なんかで濃淡が微妙にできて、その濃淡でも真筆か贋筆かの鑑定ができたり、メーカーだけじゃなくてペン先の素材もゴールドだったりステンレスだったりで、そこでも書き味が変わってきたり、長年使われたペンはペン先が使う人が使った形で磨かれて、すごく書きやすいペンに『育つ』っていうところもすごく大きな魅力で——」

 いつになく前のめりになってしまったのに気付いたのか、美幸はなぜか恥ずかしそうに赤面して一歩後ずさる。

「あ、す、すみません、あの、私つい調子に乗って……」

「お客様、万年筆お好きなんですね」

 うつむいてしまった美幸と、少しばかり驚いた妙な表情の幸一に、ペン売り場の中年女性の店員が話しかけてきた。

「最近、デジタル疲れっていうんですか、ペンで手書きの文字を書く楽しさに目覚める、なんてお客様も多いんですよ。初めての万年筆を探しに来た、っていうお客様もいらっしゃいますし」

「そうなんですね。ちなみに初めての万年筆だと、どんなのがおすすめですか?」

 幸一は視線を店の中の万年筆に移しながら、美幸のすぐとなりへと歩み寄る。

「そうですね、お連れ様もすごく万年筆にお詳しいかと思いますが……私のおすすめはこちら、ラミーやペリカンのお求めやすいペンから始める、なんていうのもいいと思います。こちらのモデルですと『ちょっといいボールペン』くらいの価格帯からありますし、万年筆はその名前の通り、手入れをきちんとすれば本当にずっと使えますから、文字を手で書かれる方にはどなたにもおすすめできますね」

「なるほど……大草さんはどのペン使ってるの?」

「あ、あの、私はいつもペリカンの万年筆がメインで、他にもセーラーとかです。モンブランは憧れるんですけど、ちょっと高くて手が出せないです……あとお祖父ちゃん……祖父はファーバー・カステルっていうメーカーのを使ってました」

「あら、ファーバーですか? お祖父様、通ですね。すごく良いメーカーのだと思います。最近だとファーバーもお求めやすいモデルが出てますよ。例えばこちらのなんですけど――」

 二人が店員の説明を聞いている間、なんと同じ東急ハンズに美貴に亜美真美の3人もやって来ており、『美幸って文具マニアで、こういうとこに入り浸ってる』と双子に説明をしながら同じフロアを歩いていたのだが、絶妙なタイミングでお互いに気づくこともなく、ニアミスを起こしていた。

「なるほど、じゃあちょっとこのファーバーカステルっていうの、買ってみようかな。俺も普段キーボード入力ばっかで、漢字とか忘れる事が増えたからさ」

「は、はい! ぜひ! ぜひ万年筆使ってみてください! 良いですよ万年筆!」

「そっか。じゃあ、メンテの仕方とか教えてくれる?」

「もちろんです!」

 今まさにくっつけようとしている二人が、間近で距離を縮めていることなどつゆ知らぬ3人は、このあと夕食まで一緒に食べながら延々と作戦会議を繰り広げるのであった。

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