潜入
エレベーターで四階に上がると、廊下には五つほどドアが並んでいた。
そのうちの一つ、403号室が指定された会場だった。
ノックして中に入ると、穏やかそうな女性が出迎えてくれた。
10人入れるかどうかの、狭い部屋だ。ホワイトボードの前に、折りたたみの机が二列並び、パイプ椅子が置かれている。
奥にもう一部屋あるようだが、扉は閉まっていた。
「すみません、参加者確認のために身分証見せていただけますか?」
「学生証でいいですか?」
俺はそう言って、スマホの画面で見せた。
電子でいいかは確認しない。あくまで「学生証でいいか」を確認することで、相手は突っ込みにくくなるはずだと、先輩は言っていた。
「S大学の二年……佐藤翔さんですね。はい、確認とれました。奥にどうぞ」
ひとまず第一関門は突破だ。
俺は二列目の奥に座った。すでに一列目の真ん中に、髪をツーブロックにした男性が座っていた。ガタイが良く、石田から聞いていた参加者の印象と少し違う。
ややあって、もう一人男性がやってきた。こちらは痩せ型で覇気がない。彼も受付を済ませると、二列目の手前に座った。
今日はこれだけだろうか。参加者が少ないのが少し気になった。
「では、時間になったので、始めさせていただきます」
奥の部屋から、きちんとスーツを着た清潔感のある男性が出てきた。
「本日の説明役を務めさせていただきます、日本リサーチの山田、といいます」
軽く頭を下げると、胸にぶら下げたネームプレートを参加者に見せた。
「今日はキャンセルが多く少人数での開催となりました。その分質疑の時間も多く取れると思いますので、どうぞリラックスして聞いて下さいね」
俺の目の前にいる山田が、石田の会った山田と同じ人物かはわからない。
だが、穏やかな態度は、確かに人を安心させる空気を持っていた。
「それから、説明に先駆けてお願いがございます。説明会の間は、スマートフォンの電源はオフ、あるいはマナーモードにして、鞄にしまって下さい」
天野先輩が言っていた通りだ。俺はスマホを鞄にしまうと、胸ポケットのペンの向きを直した。
そこからは、概ね石田から聞いていた通りだった。パワーポイントを使いながら今の政治課題などが語られる。
そろそろ動画が始まるのかな。そう思ったタイミングで、資料の投影が停止された。
「ここで、追加の参加者をご紹介したいと思います」
追加の参加者?
どういうことかと疑問を抱くまもなく、貸し会議室の入り口が開き、男が入ってきた。黒いTシャツを着た首の太い男だ。しかし俺が息を呑んだのは、その男の見た目ではない。
入ってきた男は一人ではなかった。もう一人の男の腕を捻り上げている。その顔を見た瞬間、息が止まった。天野先輩だった。
「!!!」
先輩はここに来る途中で暴力を振るわれたのか、足元がふらついていて、片頬が赤く腫れていた。
「説明会を外部からご覧になっていた方がいるようでしたので、現地でご参加くださいとお連れいたしました」
山田は笑顔を崩さない。
「お知り合い、ですよね?」
「……」
俺は何も答えられなかった。
何がどこまでバレているのかわからない。
そもそも、なぜ天野先輩がここに連れてこられたのか。全てが想定外だった。
しかも、動揺しているのは俺一人。ツーブロックの男も、痩せた男も、受付の女性も、誰一人として驚いていなかった。
バレていた。それも、説明会に参加する、ずっと前から。
開いていた部屋の鍵。背後から感じた視線。
これまでの違和感が脳裏に蘇る。
俺は、否定も肯定もできずに顔を俯けた。
山田はツーブロックの男に指示を出す。男は俺の胸からペン型カメラを抜き取ると半分に折った。
「部下に後をつけさせたら、すぐそこの漫画喫茶でこの会場の映像を確認し始めて。驚きましたよ。ペン型のカメラなんて古典的ですが、やられました。しかしもう、これで映像は撮れません」
山田は冷たい目で俺たちを交互にみた。
「こういうの、困るんですよね。上にバレたら私の評価が下がってしまいます。責任をとっていただかないと」
そこで初めて、これまで黙っていた先輩が顔を上げた。
「責任……ボクら、殺されるんか?」
「ご想像にお任せしますよ」
「まだ死にたくないねん」
山田が呆れた表情で先輩を見た。
「だったら迂闊に首を突っ込まないことですね。まぁ、手遅れですが」
「なぁ、山田さん。ボクのこと雇わへんか?」
「……」
何を言い出したのか。
山田が怪訝そうな顔をしている。
「あんたらを突き止めたのはそこの男やない、ボクや。そいつはどうでもええけど、ボク消すくらいなら、一度チャンスをくれんか?」
「先輩!?」
驚いて咄嗟に声が出た。
「ボク、あんたらの役に立つで」
「ほう。どう役に立つと?」
「新しい仕組みを作れる」
新しい仕組みなんて聞いてない。
俺は目を見開いた。
山田はそんな俺を見ると、顎を撫でた。
「なるほど、そちらの彼を見るに、あらかじめ口裏を合わせていた訳でもなさそうですね。いいでしょう。もう少し教えて下さい」
「今の落ち葉はよう出来とる。けど、もう古いわ」
「はぁ!?」
黒いTシャツの男が先輩を睨む。
山田は、片手を上げてそれを止めた。
「続けてください」
「出品者に独居老人調べさせて、落ち葉のフリして情報送らせる。金はフリマ経由で渡す。そこで得た情報で、強盗に入る。今の仕組みはそういうことやろ?」
「そうです、それの何が古いと?」
「古いというか、ボクから言わせれば弱点だらけや。まず、出品者が自分で調べたという自覚を持つ。次に、紙を送ったという記憶も残る。さらに、誰かが死ねば罪悪感で喋るやつも出てくる」
山田は何も言わなかった。
「それに、落ち葉ばかり高額で売れていたら、それに気付いて違和感を持つやつも出てくる。ボクらみたいなのがな」
「確かに、それはその通りです。で?」
天野先輩は、こんな状況にも関わらず、不敵に笑った。
「出品させたらあかん。投稿させるんや」
「投稿?」
山田の目が細くなった。
「なぁ、そろそろ手え離してくれへん?」
「今の情報だけでは、具体例が足りません」
「疑り深いなぁ。例えば、こうや。地域の見守り。防犯。孤独な高齢者の支援。そういう題目でネット上に人を集めるんや。『最近、心配な家はありませんか』『困っていそうな高齢者はいませんか』『地域の防犯のために情報を共有しましょう』。そう言えば、安っぽい善意で満足感を得たい奴が勝手に情報を書く」
俺は息を呑んだ。
天野先輩の声は、妙に落ち着いていた。
「表向きは善意の地域活動。投稿する側は、自分が悪いことをしていると思わん。むしろ、いいことをしたと思う。金を渡す必要もない。身分証を握る必要もない。落ち葉もポストも要らん」
「……」
「集まった情報を、裏で点数化する。独居か。親族は近いか。夜は在宅か。近所付き合いはあるか。金を持っていそうか。危険が少ないか。今の紙に書いとることと同じや。けど、集め方が違う」
山田は黙っていた。
沈黙が、かえって怖かった。
「どうや。この仕組みを、あんたのアイディアとして売り込むのはどうや?」
「面白いですね」
山田が、初めて本当に笑ったように見えた。
「具体的な実現プランはあるのですか?」
「それをタダで聞こうっちゅうのは甘いんちゃう?続きは、命の保証をもらってからや」
今の話は果たして演技なのか、それとも本気で向こう側に行こうとしているのか、俺にはわからなかった。
天野先輩は、自分を押さえつけている黒いTシャツの男を見上げた。
「いいでしょう。佐々木、手を離してあげなさい」
先輩は強張った体をほぐすように、肩をぐるぐると回した。
「投稿者に罪悪感が残らない、という点は悪くありませんね。お金も持ち出しがないに越したことはありません。それで?どうやるつもりなのですか?」
「それはやな……」
先輩は屈伸するように、ゆっくり膝を曲げた。
次の瞬間、跳ね上がるように立ち上がる。
「こうするんや!」
頭突きされた黒いTシャツの男が短く呻いた。
先輩はそのまま近くの椅子を蹴り倒し、痩せ型の男の足元を塞ぐ。
「走れ、へーちゃん!」
気付くと手足が勝手に動いていた。
俺はドアに向かって全力疾走した。
「外にも仲間が待機しています。逃げても無駄ですよ」
背後から届く山田の声を無視して、俺と先輩が廊下に出た、その時だった。
一階から上がってきたエレベーターが四階に止まり、ゆっくりとドアが開いた。




