終幕
エレベーターのドアが開く。
やはり逃げきれないと、俺はギュッと目を瞑る。
だが、俺の耳に、聞き慣れた声が飛び込んできた。
「遅くなってすみません」
「ま、真島!?」
「マジメくん、ナイスタイミングや」
そこには真島が立っていた。
その後ろには、制服姿の警察官が二人見える。
「お前ら、ふざけんなよ!?」
403号室から走り出てきた黒いTシャツの男とツーブロックの男はあっという間に警察官に取り押さえられた。
階段から別の警官が上ってくる。
「一階にいた関係者も確保しています。全員、その場を動かないでください」
警察官たちは403号室に入り、中にいた受付の女性と痩せ型の男、そして山田を廊下に連れ出した。
「何を誤解されているか存じませんが、無根拠な取り押さえであれば、正式に抗議させていただきますよ」
この後に及んでまだ言い逃れする気らしい。
山田が不愉快そうな表情で警察を睨む。
「この部屋の様子なら、僕がカメラで見ていました」
真島がキッパリと言い放つ。
そうか、カメラの映像を見ていたのは天野先輩だけではなかったのだ。
俺は真島が助けに現れたタイミングの良さに合点がいった。
だが山田は鼻で笑った。
「では、よくお分かりでしょう。我々はここでアルバイトの説明会をしていただけです。勝手に暴れたのはそちらの学生さんの方ですよ」
「……」
確かにそうだ。
少なくとも、カメラが壊されるまでの映像に、決定的な会話は残っていない。
「それは、お前たちがカメラを壊したから!」
「我々は説明会の場で機微なノウハウをお伝えする予定でした。それを無断録画されているようだったので、防いだだけですよ」
ああ言えばこう言う。
だが、奴らの方が一枚上手だった。
「どうせ任意同行とかいうんでしょう?逮捕状もないでしょうし、お断りしますよ」
「余計なことせん方が、お巡りさんの心象はええと思うで」
「なんだと?」
山田が天野先輩に視線を向ける。
先輩は悠々とした動作で、左腕のスマートウォッチを操作した。
「最近の時計は便利やなぁ。時間見るだけやのうて、いろんなことができおる。例えば、音を録音したりも、な」
「……貴様!!」
掴み掛かろうとする山田を、警察官が制止した。
先輩は飄々とした様子で再生ボタンを押した。
『出品者に独居老人調べさせて、落ち葉のフリして情報送らせる。金はフリマ経由で渡す。そこで得た情報で、強盗に入る。今の仕組みはそういうことやろ?』
『そうです、それの何が古いと?』
「おお、なかなかええ音質やな。そうは思わんか?山田さん」
山田はワナワナと震えていたが、やがて諦めたのか抵抗をやめた。
「署の方で詳しくお話を聞かせていただけますか?」
◇
あの後、俺たちも警察で聴き取りを受けることになった。
俺と天野先輩はこっぴどく怒られたが、事情聴取を終えると、その日のうちに帰された。
「なんだか、今日一日で三日くらい経った気分です」
「ボクもや……」
ぐったりとした疲れを感じながら、地下鉄の駅に向かって歩く。
「警察の人からも言われましたが、二人とも、もうこんな事をしてはダメですよ」
「やりたくてやったんじゃないねん。行きがかり上、やむにやまれぬっちゅーやつや」
「理由はなんでも、ダメなものはダメです」
「なんやねん、新潟帰りのくせに会津藩みたいなこと言いおって」
天野先輩が不貞腐れている。
「そういえば、真島、なんであんなタイミングで来られたんだ?」
「……先輩、言ってもいいですか?」
「ええよ」
先輩に確認を取ると、真島は俺の質問に答えた。
「天野先輩から、近くで配信を見ていてくれって言われていました。実は僕も漫画喫茶の別の個室にいたんです。それで、絶対に何があっても知り合いの素振りを見せるな、危ないと思ったらすぐ警察に行け、って」
なんだよ、真島には内緒って言ったのに……
でも、結果的に助かったのだけど。
「保険は多い方がええやろ」
先輩は悪びれずに言った。
真島も、仲間に加わった気分なのか、どことなく嬉しそうだ。
「あー、腹減った!へーちゃん、帰りにコンビニで何かご馳走してや」
「だから、お金ないんですって」
「そんなん、適当になんか拾って売りや。あ、今度はドングリなんてどうや?ドングリ三万円」
「いい加減にして下さい!」
こうして、俺たちの日常が戻ってきた。
その後、フリマアプリで高額の落ち葉が出品されることはなかった。
了




