羨望
そこから石田が語った内容は、こうだった。
向かったのは都内の貸し会議室。
参加日時は指定された一回しか選べないというので、午後の講義をサボって参加することにした。
会議室に着くと、すでに五人ほど先客がいた。男性が四人、女性が一人。年齢はみんな20代くらいで、自分がいうのもなんだが、冴えない集まりに見えた。
時間になり、スーツを着た穏やかそうな男性がやってきた。男性は山田と名乗った。今日の説明役らしかった。
山田は部屋を暗くすると、プロジェクターを使ってPC画面をホワイトボードに映し出した。
パワーポイントの資料が投影され、人口分布や今の政治が抱える課題などが説明される。
正直、あまりのつまらなさに眠りそうになった。
だが、山田は途中でパワーポイントを止めると、こちらの動画をご覧くださいと、映像を流し始めた。
高級老人ホームでフレンチを楽しむ夫婦。バスを貸し切ってゴルフに行く老人会。百貨店の外商で買い物する老婦人。
普段の自分の暮らしからかけ離れた優雅な生活に目が釘付けになった。
映像が終わると、山田は暗い部屋のまま、参加者に語りかけた。
「今の映像、ご覧になってどうでしたか?」
みな、思うところはあったのだろう。だが、下を向くばかりで発言はしない。
そんな中、一番右に座っていた男性が手を挙げた。
「はい。正直、羨ましいなと思いました」
「率直な感想、ありがとうございます。他の方は?」
一人が発言したのを皮切りに、次々に手が上がる。
「自分たちはバイトしないと学費も払えないのに、全然違うなと思いました」
「あんなフランス料理、食べたことないです」
「デパートの人が自宅に来てくれるなんて、初めて知りました」
石田も、思わず本音が漏れた。
「俺は今大学三年なんですが……このまま就職して、歳をとった時に、今映ってた人たちみたいになれる気がしません」
一通り感想を聞き終えた山田は、大きく拍手した。
「みなさん、ありがとうございます。素晴らしい気付きだと思います」
山田は再びホワイトボードにパワーポイントを映し出した。
「皆さんのその気付き、勘違いではありません。数字的な事実があります」
そういうと、折れ線グラフが表示される。
「この赤い線が、現在の高齢者世代がたどってきた資産形成の推移。そして緑の線が、皆さん若年世代の将来予測です。違いがわかりますか?」
違いどころの騒ぎではない。
明らかに赤い線は右肩上がりであり、緑の線は横ばいだ。その上、スタート地点も低い。
参加者たちがざわついている。
「皆さんが動揺されるお気持ち、よくわかります。私も初めてこのグラフを見た時、驚きました。そして……失望もしました」
山田は参加者を見据えた。
「何に失望したと思いますか?」
「……私たちに、ですか?」
山田は首を横に振ると、急に語気を強めた。
「いいえ、私は皆さんの努力不足だとは思いません。これは、国の問題なんです」
穏やかな様子はそのままだが、迫力が増す。
「国はすぐに自己責任と言います。お金がないのは、自己責任。仕事がないのは自己責任。でも、本当にそうでしょうか。あなたが奨学金を借りているのはあなたのせいなのですか?違いますよね?」
話題を振られた女性が、小さく頷いた。
初めて誰かに認めてもらえた。そんな顔をしていた。
「では、なんでそんなことになっているのか。それは、この国が高齢者優遇だからなのです」
山田は次のスライドを映した。
折れ線グラフが、棒グラフに切り替わる。
「高齢者はこれまで十分に頑張ってきた。そして今は収入がない。だから国が守るべきだ。言っていることはわかります。でも、本当でしょうか。こちらをご覧ください」
積み上げ型の棒グラフが、若年層、中年層、高齢層の順に並んでいる。
「これは、ある地域に絞った年代別の資産状況です。我々の独自調査をもとに作成しました。見ての通り、若年層はお金がありません。金融資産もないし、持ち家などもありません。次に中年層。こちらは住宅ローンなどの影響で金融資産は少ないですが、その分不動産が増えました。そして、高齢層です」
山田は一番右の棒グラフを指した。
「金融資産があり、不動産もある。そして特にお伝えすべきはここです。この、一番上のグレーの部分」
確かに、左二つにはないグレーの層が存在している。
「これは自宅に保管している金融資産、いわゆるタンス預金と言われるものです。この部分も合わせると、我々が思っている以上に、高齢層との資産差は大きい。しかし、驚いたことに国はこの現状を正しく把握していない。国勢調査や各種統計では見えない実態があるんです」
スライドが切り替わる。大きなフォントで「明るい未来を作ろう」が書かれている。
「そこで皆さんのお力をお借りしたいんです。この国の実態を正しく把握するための調査に、協力していただきたい。みんなで、国民が平等に暮らせる、若者だけに負担を強いない明るい未来を作りませんか」
しぃん……と静まった直後。
一番右にいた男性が、控えめに拍手をした。
拍手の輪は広がり、そして会場全体が力強く温かなものに包まれた。そんな気がした。
◇
「典型的な、カルトの手法やな」
話を聞いた天野先輩は、ボソリと呟いた。
「どこがです?」
「お金が欲しいなら老人の情報を取ってこい、言われて受ける奴はおらん。倫理観が壊れてる奴だけや」
「確かに……」
「でも石田くんの参加した説明会はちゃう。リサーチが必要な理由をちゃんと作って、出品者が罪悪感を抱かないようにしとるんや。高度やで」
「その通りです……俺、正しいことをしてるんだって、思ってました。そりゃ、ちょっと変なとこはあったけど」
石田が俯く。
「ほんで?その後どうなったんや」
「詳しい調査の説明がありました。必要項目が提示されて、これを調べて送って欲しいって」
「必要項目、ねぇ……」
先輩はスマホに表示されている原田の情報を見つめた。
「この、特記事項の90%ってなんですか?」
「ああ、それは情報の正確性を書いて欲しいって。正確性が高いほど、金額も上がるって言われてたんですが……」
石田は急に原田を思い出したのか、目を潤ませた。
天野先輩が紙ナプキンを雑に引き抜いて渡すと、石田は涙を拭った。
「この正確性が、出品時の商品状態にリンクするんやな?」
「そ、そうです……正確性が80%以上なら新品で、割合が下がるごとに状態も落とすように言われました……」
「……」
苦い沈黙が広がる。
石田はかなり正確性の高い情報を販売し、その結果すぐに犯罪が実行されてしまったのだ。
「フリマアプリを使う理由は、なんて説明されたん?」
「調査員の個人情報を守るためだって言われました。今思えば変な理由なんですが、その時は納得してしまって……」
「わかるで。そういう奴らは上手いこと言うのが仕事やからな」
悪質な奴らだ。
それっぽいことを言って丸め込まれた形ではあるが、心の隙間に入り込んでいる。俺は石田を笑えなかった。
「先輩、本当はなんでフリマアプリなんですか?」
「個人情報を守るため」
「え?」
「といっても、出品者やない。購入者側やけどな」
銀行口座を使った振込だと足がつきやすいが、その点フリマアプリなら、送金の仕組みはサービス内で完結する。しかもコンビニ払いなど、複数の支払い方法が選べる。
先輩はそう説明した。
「支払いはそうかもしれませんけど……でも、普通郵便なんて危なくないですか?」
「普通はそう思うわな。けど、そこも必然性があるんや。石田くん、配送方法についてはなんて言われたん?」
石田は、赤い目をこすると、お冷を一口飲んだ。
「国に資料提出する時の地域情報のエビデンスとして、郵便局の消印を使うから、普通郵便で送って欲しいって。匿名配送だと場所がわからないから……」
「なるほどな。まぁ、実際は配達記録を残さずに指定の場所に送るためやと思うけど」
「……」
石田は思い当たる節があるのか、黙り込んだ。
「あ、あれはどういうことです?発送通知を押すとすぐに受取評価されるの」
「……普通郵便は追跡できないから、到着確認ではなく発送確認をもって納品完了にするって言ってました」
「なるほどな。金を早く渡せば、出品者は黙る。取引が終われば、キャンセルもできん。封筒が届く前に、売った側はもう片棒担いだ気になる。ようできとるわ」
「でも、住所がバレちゃうんですよ?」
まだ納得できない俺は先輩に反論した。
「へーちゃんはええ子やな。あんなん、ほんまの契約者ちゃうで。どうせ又貸しの又貸しの又貸しや。あそこから足がつくことはあらへん」
「……」
ようやく、全貌が見えてきた。
落ち葉を売る。送る。金が入る。
一見するとそれだけの行為が、誰かの家に押し入るための情報を匿名で収集するシステムになっていた。
酷すぎる。
「俺、毎日金なくて、辛くて。だから、信じちゃったんです。本当に未来が良くなるからって、俺……」
そこまで言うと、石田は再び涙を拭った。
自分のせいで一人の老人が死んだ。悔やんでも悔やみきれないのだろう。
石田の涙を見ていると、他人事とは思えなかった。
一歩間違えたら自分ももう一人の石田になっていたかもしれない。
そう思うと恐ろしくなった。
「俺、どうすればいいですかね?本人確認のためだって、免許証の写真まで撮られてて……警察に行った方がいいのはわかってるんですけど……」
「それなんやけど」
天野先輩は、次の落ち葉が売れるまで、もう少しだけ調べを進めるつもりだと伝えた。
「警察に行くなら、止めへん。ただ、ボクたちのことだけはまだ言わんといてくれんか?」
石田は小さく頷いた。
◇
石田と別れ、俺たちは帰路についた。
西の空は赤く染まり、その色は無意識に落ち葉を連想させた。
「ねぇ、先輩」
「ん?」
「なんで、落ち葉だったんですかね……」
世の中には色んなものが存在している。
なぜ、落ち葉を出品物にしたのか。不思議だった。
「そりゃま、間違えて買われることが少ないだろうし……」
先輩は感情の読み取れない顔をして、言った。
「連中からしたら、老人は落ち葉みたいなもんなんやろ。幹から剥がれ落ちた、要らない存在。ゴミ屑みたいに燃やしても、誰も気に留めん。きっと、そういうことやと思ったわ……」
その言葉を聞いて、なんともいえない感情が込み上げた。
これまで自分は高齢者に対してどんな気持ちでいただろう。自分にも黒い気持ちがなかったかといえば、否定はできない。
と、その時だった。
誰かの視線を感じた気がして、後ろを振り返る。
しかし、後ろには誰もいない。
「へーちゃん、どないしたん?」
「いえ、なんでもないです……」
石田から話を聞いて、ナーバスになっていたせいかもしれない。
俺は慌てて先輩の後を追いかけた。




